東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中

011

 
 
 北海道の夏は短い。
 いつの間にか早朝の空気はどこかひんやりとし、布団の中のぬくもりが心地よすぎて動けない朝が訪れた───そんな八月の終わり……
 
 普段はのどかなはずのその場所が、突如として、アメリカ、セントラルパークのような雰囲気へとガラリと変わっていた。様々な肌の色をした撮影クルーたちが慌ただしく走り回っている。
 
 この日、早朝から沢山の機材と共に数台の大型車で現れたその一行は、施設長である有馬に挨拶を済ませた後、テキパキと準備を整えてしまった。
 
 有馬の兄でモデルのサツキ。
 彼がモデルを務める、海外の有名ファッションブランドのプロモーション撮影を行っているのだ。
 
 寝坊して出遅れた山葵は、さも最初からいましたとばかりに、エラリスに騎乗する有馬と共に、シノノメ・ホースに乗って颯爽と撮影現場に登場する。
 
「What a beautiful horse!《なんて美しい馬なんだ!》」
 
 カメラマンの男性が叫び、興奮した様子でカメラを構え、シャッターをきり始めた。
 その直後、カメラには慣れているはずのシノノメ・ホースが、なぜかぷいっとカメラにお尻を向けて、山葵を乗せたまま走り出す。
 

「ゼロさん、今日は協力してくれるとわさびと約束しましたよね」
 
『……今日は前髪がいまいちなんだ』
 
「ブフッ! ───大丈夫ですよ、わさびがカッコよく櫛で仕上げてあげますから」
 
『筋肉を綺麗に見せるために、少し走りたい』
 
「いいですよ、付き合いましょう」
 
 美意識の高いシノノメ・ホースをなだめつつ、山葵は颯爽と場内を一周駆けてから、現場へと戻った。
 
『紀糸は今日、見に来ないのか?』
 
「見に来て欲しかったんですか?」
 
『……』
 
「なんだかんだ、ゼロさんは紀糸を気に入っているんですね。残念ながら紀糸は今日、東京でお仕事です」
 
『……』
 
 山葵のブラッシングを受けながらも、紀糸が自分の晴れ舞台を見に来ない事に若干不満げなシノノメ・ホース。しかし、有馬から丁寧にブラッシングを受け、その白い馬体をさらに美しく輝かせたエラを目にし、すぐに機嫌は直った。
 
 ───なんだか、こういうところ、紀糸に似ています。
 
 
 その後、ノーザンでのロケーション撮影は順調に行われ、皐月を含む撮影部隊は大満足の様子で去って行った。
 
 
 
 これを機に山葵は、大介が話を貰っていた行政機関からの依頼も、撮影場所を公表しないことを条件にいくつか引き受けることにした。
 もちろん、その裏には行政に恩を売ることで、いい関係を築き、今後行っていく様々な活動がスムーズにいけばいいな、という思惑もある。
 
 この件はすべて、当初の窓口である大介と、北海道が地元であるコバトの二人に任せられた。
 そして山葵自身は一切表には出ないと決めたのである。

 ちなみに……大介が苦手とするタイプであるコバトと一緒に仕事を任せる事こそが、わさびから大介へのお仕置きだった。
 
 
 
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