東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
013
「わさびさんは……オレンジジュースかしら?」
「最近わさびは、ミルクを入れたらコーヒーも飲めるようになりました」
コーヒーが飲めるようになった山葵は、どこかで飲み物を聞かれるたびに同じセリフを得意げに口にする。正確には、エスプレッソにスチームミルクの入ったカフェラテなのだが、山葵は総じてコーヒーとしていた。
「あら、そうなの」
「はい、そうなのです」
「でも、カフェインは身体を冷やすから、今日は温かいルイボスティーを飲んでみて」
紀糸の母親はそう言って、オレンジジュースでもなくコーヒーでもなく、ルイボスティーというノンカフェインのハーブティーを山葵に出すよう家令に指示した。
「(小声)……紀糸、また別の横文字の飲み物が登場するようです」
「(小声)すまない、飲んでみてやってくれ」
笹たちの結婚式の翌日、東雲家の本家を訪れていた紀糸と山葵の二人。
事前に連絡をしてあったため、紀糸の両親が揃っている。
無駄が嫌いな東雲家は、家族間の会話も無駄を省く。
「それで、癌だとか?」
「そうだ」
表情の硬い親子の会話にはまったく興味のない山葵は、出されたルイボスティーをフーフーしながら、ちびちびと飲んでみる。そんな山葵を、微笑みながら見つめる紀糸の母。
「紀糸、私はきっと長くない……早めにお前に当主の座を譲って、治療に専念しようと思っている」
自分と目を合わせようとせず、さらにはらしからぬ言葉を口にする父親に、紀糸は違和感を覚えた。
そもそも、晴人から聞いた話では、癌かすら怪しいレベルだというではないか。
それ以上に、今日の両親はどこか怪しい……と、紀糸の第六感が告げていた。
「……」
「(フーッフーッ)───アチッ!」
沈黙の中、山葵の間抜けな声が響く。
「火傷してないか? 見せてみろ───ったく……冷めてから飲んでもいいんだぞ」
隣に座る山葵の顎をつかみ、彼女の舌が火傷していないか覗き込む過保護な息子の姿に、紀糸の両親は無表情のまま驚いていた。
「「……」」
山葵も大人しく紀糸の顔を前にべぇっと舌の先を出して見せている。その様子を見れば、この二人が普段からこういったことを平気で人前でしていることが伺えた。
「───ゴホンッ……仲が良いようで何よりだ。紀糸、私は孫の顔を一目見てから死にたい……なるべく急いでくれないか」
咳払いのあとに続いたその言葉に、反応したのは山葵だった。
「紀糸のお父さんは死にましぇん」