東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
015
夜明け前の牧場は、音を失っていた。
雪に覆われた放牧地の柵も、プラネタリウムのドーム型の屋根も、すべてが白に沈み、まるで冬の精に化粧をされたように、静かに佇んでいる。
吐く息だけが静かに冬の到来を語り、音のない足音でいつの間にかそこにいた。
ノーザンに、本格的な冬が到来する。
「わさび、やっとこの季節が来たな」
寝室のブラインドを開け、外の様子を確認した紀糸は、ベッドの上で丸くなっている妻に嬉々としてその言葉を告げる。
「……雪がそんなに嬉しいのですか? 子供みたいですね」
毎年、初雪でかまくらをだの雪像だのを造って一番楽しんでいる山葵に言われたくない、と思う紀糸だったが、今日ばかりは嬉しさが勝るため小言を言うのはやめた。
「違う。雪が降ったという事は、今日から俺はリモート勤務だ。ずっと一緒にいられるぞ、嬉しいだろ」
「そうでしたね。では───空港まで送らなくていいのなら、わさびはあと30分寝ます」
「おい……───っそうか……せっかくだ、俺も寝るかな」
紀糸はいいことを思いついたとばかりに、ふかふかの羽毛布団に包まれている山葵を後ろから抱き込み、朝から今日の仕込みを試みる。
「わさび、今日は妊娠しやすい日だと、ニワトリわさびが言ってたぞ」
紀糸の言う“ニワトリわさび”とは、山葵のスマホに入っている妊活アプリのキャラクターの名前だ。ネーミングセンスのない紀糸が命名したため、こうなってしまっている。
「本当ですか? 金曜日も土曜日もそう言っていました。今日はもう月曜日です、お仕事の日です……ニワトリわさびは壊れているんで───っん……っ」
時間までもう少し寝ていたい、と言いたげな様子の山葵とは違い、紀糸は───……
「いいかわさび、俺達が最も優先すべき仕事は、これだ。皆の期待に応えないとな」
初日からルンルンで精をだす。