東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
「紀糸は、本当に生殖行為に強い雄ですね。その勢いで、繁殖能力も高いといいのですが」
「褒められている気がしないのはなぜだろうか。俺は馬じゃないんだが……」
「馬と大差ありません。朝からあんなに何度も」
「おいっ……ここをどこだと思ってる……声のトーンを落とせ」
二人の会話は、社員食堂で行われていた。
いつもは五郎が二人の邸宅で調理し用意するのだが、この日は珍しく山葵の希望で社員食堂へ連れて来られた紀糸。
「紀糸、リモート勤務だからと言って、朝から今日のような行動は褒められたものではありません。もう午前中が半分終わってしまっているではないですか。どうせ、わさびが夜寝た後でこっそりとたまった仕事をするつもりなのでしょう。わさびはお見通しです」
「……」
突然始まった山葵の説教。
「食事と睡眠、運動はバランスが大切なのです。睡眠時間を削ってしまっては本末転倒。紀糸の体内で優れた精子は生成されません」
山葵がこんなにもしゃべる事自体が珍しいが、その話の内容は赤裸々だ。ちらちらと食堂へ姿を見せているノーザンのスタッフは、興味津々というよりも、聞いていいのか、と若干気まずげだ。
「……わさび、皆、気まずそうだぞ……」
そんなことはもちろんお構いなしで、山葵は説教を続ける。
「笹くんを見習って下さい! 頭の中はいつも、どうやってつばめさんを早くベッドに誘うか、しか考えていませんが、彼は毎日良く食べ、良く寝ています」
「───えっ俺?!」
そこに偶然居合わせた笹。知られるはずがない頭の中を突然暴露され、キョロキョロと周囲を気にしている。
「わさびが何を言いたいか、わかりますね?」
「……」
───何となくならわかる気はするが、こんな皆のいるところで俺は何を言わされるんだ……ひとまず、わからないふりをしておこう……
「そうですか、反抗的ですね紀糸───いいですか、今日からは紀糸もきちんと朝昼晩と笹くんと食事をとってください。笹くんを田中の代わりに見張りにつけます」
「えっ?! 俺?! 田中さんって秘書の?!」
またも名指しを受ける笹。話が読めず、彼はただただ動揺するしかなかった。
「健康的で優れた遺伝子を持つ種で、種付けしてくれなければ困ります。いいですね。約束です。ここにいる皆が証人です。紀糸と笹くんが食事をサボっていたら、必ずわさびの耳に入ってきますからね」
「……」
紀糸は気分的に開いた口が塞がらなかった。もちろん、人前でそんなアホみたいな表情を見せるつもりはない。
「わさび……意外とちゃんと考えてるんだな……」
「嫌でも考えます! あれ以来、紀糸のお母さんから、あのルイボスティーというハーブティから始まり、葉酸のサプリメントが定期的に届き、さらにはビタミンDだの鉄分だの、オメガ3脂肪酸を取れだのと大量の指示が来ています。わさびはそれらを圭介と五郎さん完全協力のもと、頑張ってこなしています」
紀糸にとって寝耳に水であるその話に、騒がしい食堂の様子を見に来た五郎は苦笑いで頷いていた。
笹はなぜかスマホにメモを取っている。
「ですから、紀糸と笹くんもわさびと同じように身体の中から整えてください」
ここまでくると、笹はどうして俺まで? とは思いはしない。それが彼のいいところだ。
そして───……
以上、ご清聴ありがとうございました、とばかりに、山葵は得意げに言い終え、席につく。そのまま何事もなかったかのように途中だった朝食を再開する。
思わず動きを止めていた食堂の人々も、何事もなかったかのように動きを再開する。これが、ノーザンのスタッフ達のいいところだ。
───母さんめ……
紀糸は自分の母親の行動が、山葵にとってストレスだったのでは、と考えた。
しかしそれは違う。山葵は他人に言われて行動するような人間ではない。山葵は山葵なりに、東雲家の御曹司を最適な状態で作りたいのだ。
こうして、紀糸と笹の健康的な食生活がスタートする。