花火が降る夜

第二話 再会

部屋の明かりは点けず、そっと鍵を開けると、晴翔は影のように滑り込み、すぐに後ろ手で鍵を閉めた。

「怜奈──」

名前を呼ぶと同時に、強く抱きしめられた。息が詰まるほどの速さと力強さ。
かつての柔らかな抱擁とは違う。背も伸び、肩幅も広くなった彼は、私を捕まえるように腕の中へ閉じ込めた。

「顔を見せて……
前より、もっと綺麗になったな」

そう言って触れられた唇に、私は抗えなかった。
鍵を開けた時点で、きっと私は答えを出していたのだ。

「……ずるいな怜奈は。嫌がられると思ったのに。もっと欲しくなる」

しつこいほどに重ねられる口付けに、目眩がした。昔と同じ。
私は立っていられないほどに息を奪われてしまう。

「……は、晴翔…苦しい」

「あぁごめん、つい…座ろうか、上がっていい?」

「入って、何か飲む?」

飲み物だけの冷蔵庫を開けると晴翔はいらないよと言った。高校時代に離れたから、晴翔がお酒を飲むのか、何が好きかも分からない。
お茶を入れたグラスをテーブルに置いてソファに並んで座ると、背中から腕を回され、私は自然に晴翔の胸にもたれかかった。

「怜奈、元気だった?メガバンクに勤めてるって聞いた」

「うん。……晴翔は?」

「俺はあの後実家に戻って国立大を受け直したんだ。怜奈がいないならここら辺の大学に行く理由はないし。今は院で建築をやってる」

「晴翔は最初から、そこに行くべきだったと思う。何にでもなれる人だから」

「でも、俺は怜奈と一緒にここで生きたかったし、今でもそう願ってる」

「……私は……、晴翔が私だけになるのが怖かったよ」

晴翔はそもそも仙台に住んでいるのに、こっちの高校に入るために母方の実家があるこの街にわざわざ引っ越してきた。
頭が良くて、望めば何にでもなれそうな人が、私を理由に自分を無くしているようで怖かった。

「わかってる。けど……寂しかった。狂いそうなくらい寂しかったよ」

背中からその気持ちが伝わってくるようで、責められるよりも苦しかった。
なのに伝わる体温が心地いい。

やがて彼は体勢を変え、私の目をまっすぐ覗き込む。

「……六年も離れた。まだ駄目?俺は怜奈とまた会える関係に戻りたい」

「……戻る前提で離れたんじゃないよ」

「分かってる。ゼネコンの研究者で内定もらってる。春から東京に行く。だから一緒に暮らそう」

「晴翔、私に恋人がいたら? 結婚を考えてる人がいたら?って考えないの?」

「……怜奈なら、そういう相手がいたら俺にキスなんて許さない」

一途すぎる言葉に胸が熱くなる。
もう抗えなかった。
私たちはどちらからともなく唇を寄せて、重ねた。
私たちは、懐かしい熱に飲み込まれた。

──また夢を見た。いや夢か分からない。
肌に風や匂いを感じるようなリアルな感覚。

広い座敷に、葬儀の祭壇がある。昼に見た曽祖母・志乃おばあちゃんの祭壇かと思ったけど、違う。遺影に映っているのは若い男性だがはっきりと顔は見えない。
棺に縋りつき、泣いているのは──
今は喪服だけど白いワンピースの女の子、志乃だ。
その肩に手を添えている男性は遺影をじっと見つめていた。

そうか。
他のざわめきから察するに、これは志乃おばあちゃんが愛し続けた「勇作さん」の葬儀……。

場面は変わり、夜の一室。
壁に喪服が吊るされているから葬儀の夜なのだろう。
志乃は誰かに抱かれていた。
相手は夫に違いないから宗一郎だろう。
志乃は何度も小さな声で、亡き勇作の名を呼んだ。
宗一郎はただ静かに、志乃に愛してると告げながらその全てを受け止めていた。

志乃の心は勇作のものだった。
体だけ手に入れた曽祖父・宗一郎は、幸せだったのだろうか。
切なさに胸がきしむようだった。

──目が覚めた。
窓の外は夜明け前。葬儀の線香を見に行く時間だ。

ベッドから起き上がろうとしたとき、するりと腕が回された。

「……怜奈?」

「お線香、見てくる。……寝てて」

「戻ったら……また、抱きしめさせて。怜奈をもっと感じたい」

言い終わるかどうかで晴翔は夢の底へ沈んでいった。
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