桜吹雪が舞う夜に

「なぁ桜ちゃん、救急救命サークルって何やってんの?」

閉店後の静かな店内。朔弥さんがカウンター越しに私へ身を乗り出し、興味ありげに問いかけてきた。
ちょっと意外だった。軽い話題しか振ってこない人だと思っていたのに。

「……あの、心肺蘇生とかAEDの使い方とか、そういう練習をするんです。あとは地域の人に講習をしたり、消防署と合同でイベントをやったりも」
言いながら、自分でも少し堅苦しい説明だなと思って頬が熱くなる。

「おぉ、本格的だな」
朔弥さんは目を丸くして、すぐににやりと笑った。
「ただの飲みサーとかじゃないんだ。命救う系サークルか。……似合うな」

似合う。
その言葉に一瞬だけ心が浮き立ったけれど、同時に胸の奥に重さも広がった。
「でも……責任も大きくて。今度、消防署と合同のイベントがあるんですけど、準備がすごく大変で。最近ちょっと……」

弱音を吐き出すみたいに言葉が零れた。

「なるほどな。そりゃ疲れるわけだ」
朔弥さんは肩をすくめ、グラスを鳴らしながら笑った。
「でも、キャパオーバーする前にサボれよ? 倒れたら元も子もないから」

冗談めかしているのに、不思議と優しい声だった。

私は小さく頷き、俯いた。
ーー日向さんだって、臨床も研究も、講義も山ほど抱えているのに。
それなのに私は、サークルと授業とバイトだけで、すぐにいっぱいいっぱいになってしまう。

「……どうして、私はこんなに弱いんだろう」
胸の奥で、小さく呟いた。


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