桜吹雪が舞う夜に
「ただ“見学”って言っただけよ」
水瀬は相変わらず落ち着いていた。
「……でも、そんなに必死に否定するってことは、やっぱり桜ちゃんを信用してないのね」
「違う」
反射的に吐き捨てる。
「信用してないんじゃない。……危険に晒したくないだけだ」
気づけば、拳に力が入っていた。
守りたい。その一心だった。
けれど、ふと横を見ると、桜の表情は複雑だった。
「……そんなに、弱く見えてるんですね。私」
ぽつりとこぼしたその言葉に、胸の奥が鋭く抉られた。
違う。そう言いたかった。
弱いなんて思っていない。むしろ彼女は人一倍真面目で、誰より強くなろうとしている。
けれど、その強さゆえに自分を追い詰めて、壊れてしまう未来が怖いのだ。
喉まで出かかった言葉は、結局声にならなかった。
桜の瞳が、痛みを宿したまま揺れていたから。
拳を握りしめ、ただ唇を噛む。
ーー守りたい。けれど、その想いはきっと今、彼女を縛っている。
その矛盾に、何も言えなくなった。
桜は俯いたまま、かすかに息をつき、静かに歩き出した。
背中に追いすがりたい衝動が込み上げる。
だが、伸ばした手は結局空を掴むだけだった。
水瀬の視線が横から突き刺さる。
「じゃあね、御崎先生。しばらくこの子、もらっていくわね」
挑発めいたその声に、俺はただ拳を握りしめ、黙って桜の背中を見送るしかなかった。