桜吹雪が舞う夜に
酒井先輩はそれ以上何も言わず、ジョッキを傾けた。
私も、何かを誤魔化すように手元のグラスを口に運ぶ。
冷たいはずのお酒が、喉を過ぎる頃には熱に変わって広がっていく。
胸のざわめきも、不安も、すべて流し込める気がして。
気づけば次のグラスに手を伸ばしていた。
「桜ちゃん、ちょっとペース早くない?」
酒井先輩の声が聞こえた気がしたけれど、私は笑ってごまかした。
「だ、大丈夫です……」
グラスの縁が、指先で少し震えていた。
ほんとうは、大丈夫じゃない。
日向さんの言葉と、酒井先輩の言葉。
どちらも正しくて、どちらも重くて……答えが見つからない。
分からない、分からない、分からない。
心の奥で必死に否定し続けながら、アルコールの甘さと苦さに身を委ねていた。
「……ほら、もうこれ以上はやめとけ」
酒井先輩が私の手からグラスを取ろうとした時には、すでに世界が少し滲み始めていた。
笑い声も、音楽も、全部が遠くなる。
頭がぼんやりする中で、
(私、本当に幸せなのかな……)
そんな問いが、ふっと浮かんでは消えていった。