桜吹雪が舞う夜に
夜の店内。
閉店後の締め作業中、ジャズの調べが静かに流れる中、私はカウンターを布巾で拭いていた。
「……朔弥さん」
おずおずと声を掛けると、彼はグラスを磨く手を止めずに片眉を上げた。
「ん? どうした」
「私……ずっと、私が日向さんに依存してるんだって思ってたんです。
でも……逆なのかもしれない、って」
言い終えると、私は置いてあったグラスを持ち洗い場に戻る。
「依存?」
朔弥さんは軽く繰り返し、カウンターにグラスを置いた。
彼の瞳は笑っていない。
「……日向さん、すごく優しいです。
でもその優しさが、時々……重いんです。
私が弱いから、頼り切ってるだけだと思ってたけど……
もしかしたら、あの人の方が、私にしがみついてるんじゃないかって」
絞り出した声は震えていた。
口に出すことで、自分の胸に広がる違和感がより鮮明になる。
朔弥さんはしばらく黙り込み、並べられたグラスをじっと見つめていた。
「……まぁな」
低く呟いた声は、思った以上に冷静だった。
「日向はお前を“守る”って言ってるけど、裏を返せば“お前がいなきゃ自分が壊れる”ってことだ。……不器用だから、そういう言い方しかできないんだよ」
私ははっと顔を上げた。
「……それって……」
「いいとか悪いとかじゃない。そういう関係性だってある。
でも気をつけろよ、桜ちゃん。依存ってのは、時に愛より強い鎖になる」
淡々とした声が、心に深く突き刺さる。
私は何も返せず、ただ洗い場のグラスに残る溶けかけた氷を見つめ続けていた。