桜吹雪が舞う夜に


震える声で叫ぶ私に、日向さんは一歩近づいた。
その表情は驚くほど冷静で、声も低く落ち着いていた。

「……じゃあ聞くが」
静かな口調に、逆に胸がざわめく。
「お前が俺の過去を知って、どうする? 母さんのことを知って……どうするつもりだ?」

思わず息を呑む。

「慰めるのか? 同情するのか? それで俺が軽くなるとでも思うのか」
一言一言、淡々と突きつけられる。

さらに日向さんは視線を逸らさずに続けた。
「講義のことだってそうだ。俺が外されるかもしれないって話を、知って……お前は何ができる?
 何もできないだろう。だから言わなかった。心配させたくなかった」

「……っ」
私は唇を噛み、視線を落とした。

「桜。俺はお前にそんな重荷を背負わせたくない。
 お前はお前で、自分のことに集中すればいい」

冷静に言い切るその声が、かえって距離を突きつけてくる。
(……突き放されてる。私はただ守られてるだけ……)

胸が締めつけられ、涙がにじみそうになるのを必死でこらえた。


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