桜吹雪が舞う夜に


彼女が「医者になりたい」そう言ってきた時のことを覚えている。

ーー強い瞳だった。
迷いもなく、自分の未来を見据えるような目。

「日向さんみたいになれたらいいなって」

その一言に、胸の奥が熱くなるのを誤魔化せなかった。
あの頃の俺は、正直言えば医師としてやっていける自信を失いかけていた。
患者を救えなかった記憶が重くのしかかり、努力しても報われない現実に押し潰されそうになっていた。

だから、彼女の言葉が余計に嬉しかった。
ーーあぁ、自分はまだ誰かの目に「なりたい」と思わせられる存在でいられるのだ、と。

その笑顔は眩しすぎて。
同時に、自分がそれ以上の感情を抱き始めていることに気づかされて、恐ろしくなった。

だから、無視した。
自分の中に芽生える熱を。

彼女を見守って、応援できればいい。
その距離感さえ保てれば、それでいい。

そう思い込もうとした。

ーーけれど、その願いが本当に守り通せるのかは、その時の俺にはわかっていなかった。


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