ハイスペ男子達の溺愛が止まりません!

11,正当防衛?

放課後。
教科書を片付けながら今日何度目かのため息を吐いた。
学園長室、いかなきゃ。
カチカチと進む時計を眺めてても仕方がないので、私は腹を括ってバックを背負った。
重い足取りのまま2階へと続く階段を降りていく。
あっ、あそこかな?
フロアを一個下がってすぐに見えた「学園長室」という文字の書かれた部屋の前で立ち止まる。
すーはー
大きく深呼吸をしてから、私はドアをノックする。
「1年Sクラスの白雪 日菜です。」
すると中から「どうぞ」という声が聞こえてきて、私は取っ手に手をかけた。
「失礼します。」
ここが、学園長室……!
初めて目にする部屋に私は少し怖気付く。
茶色と赤を基調とした上品な室内。
家具はどれもとても高そうで、動作一つ一つも慎重になる。
そして、これまた高そうな茶色の机に肘を乗せ、こちらを見ている威厳のある人。
この人が学園長先生……。
さすが県内トップの私立の頂点に立つ人だけあって、気品に満ち溢れていた。
「よく来たね、白雪くん。」
私と目が合うと、ニッコリと笑顔を向けてくれる。
あれ、この顔どこかで見たことあるような……?
その笑顔に見覚えがあった私は、不思議に思って首を傾げる。
「どうかしたのかね?」
「い、いえっ、なんでもありません!」
学園長先生の言葉でハッと現実に引き戻される。
そうだよ!今はここを乗り越えることを考えないと!
「……君が、なぜここに呼び出されたのかはわかっているかい?」
試すような視線を向けられ、ごくんと唾を呑む。
「も、もちろんです。他校の生徒と暴力沙汰になってしまってその罰を——」
「違うよ。」
「えっ、違うんですか!?」
びっくりして思わず聞き返してしまった私に、学園長先生は笑みを浮かべる。
あっ、この顔……
「君に直接お礼が言いたくて呼び出したんだよ。」
「お礼、ですか……?」
一体何のだろう?
とキョトンとしていると、学園長先生は「意地悪が過ぎたね」と言って腕を組み直した。
「君に孫を救ってもらったお礼を言いたかったんだ。」
「お孫さん……」
何となくわかってしまった。
学園長先生のあの笑顔……だってあまりにも……
「そうだ。改めて、私の孫……緑川 春翔を助けてくれてありがとう。」
緑川くんに似過ぎているもの。
深々と頭を下げられて、ギョッとする。
「いえっ、そんな!むしろあんな形になってしまって申し訳ないと言いますか……。その、お礼を言われるようなことは何も……」
しどろもどろになりながらどうにか頭を上げてもらおうと弁明する。
私は結局相手側に手を出してしまったんだし、お礼を言われるようなことはしていない。
そう思ったから。
「春翔から聞いていた通りだな。」
学園長先生の独り言のような言葉に何のことか聞こうと視線を合わせる。
するとまたニッコリと笑われてしまった。
これ、話してくれないやつだ……。
本当、見れば見るほど緑川くんとそっくり。
「あの、私の処分はどうなるのでしょうか?」
いくら学園長先生のお孫さんを助ける形になったとはいえ、他校の生徒と問題を起こしてしまったのだ。
何のお咎めもなしというわけにはいかないだろう。
そう思っての言葉だった。
だけど、学園長先生ははて?と言ったような表情を浮かべる。
あれ……?
「何のことかね。君は何の問題も起こしてないじゃないか。むしろ成績優秀で孫の恩人ともなれば、何かご褒美を与えないといけないくらいだ。」
「ですが、私は他校の生徒と——」
「それは大丈夫。こっちの生徒も手を出されている。あっちにとって良い制裁になっただろう。」
そんな因果応報みたいな……。
「何の問題にもならないよ。相手はバットまで持っていた。……それだけで正当防衛が成立するからな。」
「……私がやったことは過剰防衛になりませんか?」
不安になっていたことを聞いてしまう。
学園長先生は少し目を見開いた後、考えるようにして口を開いた。
「そうか、君は弁護士志望だったな。確かに侵害に対して、受けた侵害以上の防衛行為を行った場合、つまり反撃が防衛の限度を超えていた場合は過剰防衛とみなされる。……が、相手は武器を持っていた。こっちは素手。もしあのままバットで殴られていたら春翔も無事じゃすまなかった。それなら、これは正当防衛にあたる。それもこれも、相手が訴えた場合だがな。」
まるで相手が訴えないことがわかっているような口ぶりに私は違和感を覚えた。
そりゃあカツアゲしているような人が警察を頼ったりしないと思うけど……。
それにしたってはっきり言い切るんだな。
学園長先生の意図を読み取ろうとじっと見てみたけど、また笑顔ではぐらかされてしまう。
「それに法律に聡くて忘れてしまっているかもしれないいが、君はまだ12歳だ。……14歳未満は法律で罰せられない、これは知っているね?」
「……はい」
「つまり、子供同士の喧嘩に大人が介入するべきではないってことだ。」
“喧嘩”って……。
それで済ませていいの、かな……?
「その顔は納得できていないようだね。」
さすがは生徒を見てきたスペシャリスト。
私の表情の変化から気持ちを読み取ってしまった。
「……それでは私から君に、罰を与えよう。」
仕方がないと言ったようにゆっくりと瞬きをした後、学園長先生はそう言って私の目をまっすぐに見た。
「はい」
改まった口調に姿勢を正す。
「私からの罰は、『自分が正しいと思ったことを貫き通す』ことだ。」
「正しいと思ったことを、ですか……?」
てっきり自宅謹慎とかそんなことが言われると思っていたので、拍子抜けした私は聞き返してしまった。
「そうだ。……君は春翔を助けてくれた。例え君に法律が適用したとして、また同じ場面に遭遇したらどうする?」
「助けると思います。」
「即答……か。そういうことだよ。君は自分が正しいと思う道を選んだ。もし助けなければ、春翔は今頃怪我を負って入院。下手したら2度とバスケができなくなっていたかもしれないな。……そうなったら君はすごく後悔して、自分を責めそうだ。」
確かにそうかもしれない。
私はまた同じことがあったらきっと迷わず緑川くんを助けると思う。
例えその後にどんなことが待っていようと。
……それが、正しいを貫くってこと。
「……わかり、ました。」
「うん。君なら大丈夫だろうけど、程々にね。」
「はい」
最後の言葉に素直に頷き、「失礼します」と言って学園長室を後にした。
誰か、いる……?
学園長室を出るとすぐに、壁にもたれ掛かるようにして立っている人影が目に入った。
逆光で顔が見えないから誰かわからないけど、人を待ってるのかな?
そう思って通り過ぎようとすると、私に気づいた人影が近づいてくる。
「思ったより時間かかってたみたいだけど、大丈夫だった?」
「えっ、緑川くん!?」
どうしてここに……。
驚いて固まってしまう私をみて、緑川くんはクスッと笑う。
「心配だったから、ね。」
そっか、緑川くんはことの顛末を知っているから。
それで気にかけてくれたのかな。
「大丈夫だったでしょ?」
「うん……」
お咎めなくて、びっくりしたくらい。
寧ろそれが原因で歯切れが悪くなってしまう。
「あれ、もしかして何か言われた?」
緑川くんが鋭い光を瞳に浮かべる。
「ううん、何も。」
「そう?ならいいんだけど」
その物言いに、なんだか違和感を覚えた私はじっと緑川くんを見つめる。
「先生に言ったの、緑川くんだよね?」
「まあ、ね。」
緑川くんは私がどう思うのか不安のようで、こちらの様子を伺っているのが伝わってきた。
それで私は怒ってるわけではないことを伝えるためにニコッと笑顔を作った。
「ありがとう、ちゃんと言ってくれて。」
「っえ……?」
理解できないというように目を瞬かせる緑川くんにふふっと思わず笑みが溢れた。
緑川くんのこんな表情初めて見たかも。
「ありがとうって、どうして?俺は告げ口したんだよ。普通は責めるところだよね……?」
困惑したような言葉に、私はうーんと考えるように見せてから、口を開いた。
「だって、緑川くんが恩を感じて黙ってる方が嫌だから。悪いことは悪いって言ってくれる人の方が信用できるでしょ?」
ふふんと胸を張って言うと、緑川くんは少しだけ目を見開いて笑う。
「あはは、白雪さんは相変わらずだね。……やっぱり、敵わないや。」
壁にもたれかかりながら、長いまつ毛を伏せるその姿は、とても大人びて見えた。
「でも1つだけ訂正させて。」
訂正?
キョトンと首を傾げると、その動作に緑川くんは柔らかい笑顔を浮かべた。
「俺が話したのは事実が捻じ曲げられるのを防ぐためだよ。他の誰かの口から話されて、君が余計な苦労をしない為に正しいことを話すべきだと思ったんだ。だから、君を悪者にしたい一心でやったことではないよ。……全く、どう思ったんだか知らないけど、俺が恩人を売るわけないでしょ。」
戯けたような最後の言葉に私もつられて笑ってしまう。
「私は売られたなんて思ってないよ。だって、学園長先生に怒らないように言ったのは、緑川くんでしょ。私が罰を受けないようにしてくれたんだよね?そんな人を責めたりなんかしないよ。」
不安を解くようにはっきりと言葉にすると、緑川くんは眩しそうに目を細めた。
「こうゆうところは鋭いんだよなぁ。……そうだよ、白雪さんが罰を受けなかったのは、俺が祖父に取り合ったからだよ。でも、告げ口したのは事実だから多少罵られるのは覚悟してたんだけど……」
そこで区切ってから緑川くんは私の方を見た。
「まさか感謝されるなんてね。」
「え、私って緑川くんを罵るような人間に見えた!?」
だとしたらショックかも。
「あはは、気にするとこそこなんだ。安心して、全く見えないから。俺が白雪さんのことをちゃんとわかってなかっただけ。」
そう言って今日1番の笑顔を浮かべる緑川くんはいつにも増して輝いて見えた。
もう、みんな顔が良いんだからそんな人が極上の笑みを浮かべたらどうなるのか、自覚して!
「本当は家まで送ってあげたいんだけど、あいにく部活を抜けてきてるから、できないんだ。」
歩き始めた緑川くんを横目で見る。
言われてみれば、緑川くんは部活着を着けていた。
「本当だ……」
緑川くんの服に視線を移した私の口から本音が漏れてしまう。
「……白雪さんって俺に興味ないよね。」
「そ、そんなことないよ!私、緑川くんに興味津々だから!!」
寂しげに瞳を揺らされ、私は慌てて反論の言葉を紡ぐ。
「そっか、白雪さんは俺に興味津々なんだ」
顔を背けられててわかんないけど、これってまた……
「それは嬉しいな。」
その照れたような笑顔を見て、揶揄われてる……なんて考えは何処かへ吹き飛んでしまった。
「……あ、もう着いちゃったね。」
気がつけば校門まで来ていた。
「えっ、あれ!?いつの間に……。緑川くん、部活あるんだよね!?」
なのに、ここまで送ってもらっちゃった。
私は私のせいで間に合わなくなるんじゃないかと不安になって緑川くんの方を見た。
「そんな顔しないでよ。俺がしたくてやってるんだから。送ってあげられなくてごめんね。」
謝る緑川くんに首を振った。
「そ、そんなこと……!ここまでで十分だよ!部活、頑張ってね!」
「うん、頑張る。」
緑川くんと体育館前で別れた私は、そのまま校舎を後にしたのだった。
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