ハイスペ男子達の溺愛が止まりません!
10,憧れの人
次の日。
私は学園長直々にお呼び出しを受けてしまった。
放課後学園長室に来いとのこと。
もう不安はとうに諦めムードに突入中で、私は教科書を整えながら、肩を落とした。
「白雪さん、移動行こ。」
「……うん。」
変わったことといえばこっちもそうなんだよね。
緑川くんが笑顔で私に声をかける。
その目はなんというか……甘くて、心臓に悪かった。
あの怯えたような眼差しを向けらるよりはずっと良いんだけど。……良いんだけどね?
そんな安堵をする暇もなく、むしろ真逆とも取れる視線を向けられてドキッとしてしまう。
それに……
チラッと赤羽くんの方を見ると、驚いて目をまん丸にしていた。
いつもは赤羽くんが私を誘ってくれてるのだ。
だからいきなり緑川くんが私に話しかけて驚くのも当然で。
というか、声をかけられた私が1番びっくりしていると思う。
「春翔、お前どうした?自分からアクションするなんて珍しくねーか。」
「そう?別に普通じゃない?」
緑川くんはサラッと受け流し、再び私の方をに体を向ける。
「白雪さん、ゆっくりで良いからね。時間はまだあるんだし。」
「う、うん。ありがとう。」
「……いや、やっぱりおかしいだろ!」
私と緑川くんのやりとりを見ていた赤羽くんは大声を上げる。
緑川くんはそんな赤羽くんの叫びに何が?といいたげな表情を浮かべた。
「不思議そうな顔するなよ!お前が1番わかってるだろ!?」
「新、そんな大きな声出さなくても聞こえてるよ。白雪さんにどう接しようが俺の勝手でしょ。」
「はるちゃん、あらちゃんはそのことを言ってるんじゃないよ。どうしてそんなに変わったのか知りたいんだって。……あらちゃんも、ちゃんと言わないとはぐらかされるだけなのわかってるでしょ?」
やれやれと言った感じで桃瀬くんが間に入る。
緑川くんは桃瀬くんの言葉でよくやくしょうがないと言った風にため息をついて口を開いた。
「昨日、白雪さんと話して仲良くなったんだよ。」
「ね?」と同意を求めるように聞かれ、私は頷いた。
「仲良く……って、お前が?」
赤羽くんはイマイチ信じきれてないようで、ジト目で緑川くんを観察する。
「遅れてもいいんですか?」
だけど青柳くんの呆れたようなその言葉に諦めて歩き始める。
まあ、緑川くんの方をチラチラ見ながらだったけど。
「次の美術、楽しみだね。」
そんな赤羽くんをまるで視界に入ってないかのように華麗にスルーして緑川くんは私に話しかけてきた。
「うん!今日はお互いにデッサンするんだよね?すごく楽しみ!」
次の授業はなんとペアを作って互いに絵を描き合うのだそうだ。
美術の先生がなんだか楽しそうにそう言っていた。
実は私もすごくわくわくしていたりする。
なんて言ったって、私は絵を描くのが好きなのだから。
そんな気持ちが顔に現れていたのか、緑川くんは温かい目線を向けながら「俺も」と言ってくれる。
「なあお前まさか……やっぱなんでもねぇ。」
赤羽くんがふと何かを思いついたように緑川くんに聞こうと口を開くと、緑川くんに鋭い視線を向けられて口を噤んだ。
何を言おうとしていたのか私にはわからなかったけど、緑川くんには予想できたんだろうな。
さすが幼馴染。
そんな風に感心していると緑川くんは再び私の方に微笑みを浮かべた。
私もつられて笑いながら、なんとなく聞いたらダメなやつだ……と思ったのだった。
そんなこんなで美術室に着いた時は、いつもと違う空気感になっていた。
6人がけの大きい机を挟んで3人ずつ向かい合うような席に腰掛ける。
こちらもいつもは赤羽くんが隣に座って何かと話しかけてくれるんだけど、今日は緑川くんが腰を下ろした。
席を取られたような形になった赤羽くんは一瞬固まった後、諦めてその横に座る。
「はいじゃあ前後でペアになって、似顔絵を描いてください。」
程なくしてチャイムがなり、先生のその指示通りにペアになる。
私のペアの相手は桃瀬くん。
緑川くんが「今日は前後だったか……」と呟いていたように聞こえたのはきっと気のせいだろう。
「よろしくね。」
おずおずと挨拶をすると、
「こちらこそ!」
と笑顔を返された。
桃瀬くんと、か……。
チラッと桃瀬くんの方を見ると、不思議そうに首を傾げられた。
うっ、かわいい!
私は鉛筆を持つ手を止めた。
桃瀬くんとはあんまり話したことがないから、なんだかじっと見られるのも、見るのも緊張する……!
しかも女子から人気があるほどの顔立ちをしているので、それはもう綺麗なわけで……。
わっ、まつ毛長い!
肌も白くて、目の大きさも相まってまるでお人形さんみたいだ。
新たな発見もしつつ、思わず見惚れてしまう。
髪って、天然なのかな。
すごくカーブが綺麗。
我を忘れてまじまじと見ていると、
「手、止まってるけど。」
と指摘されてしまい、慌てて鉛筆を動かした。
まずはあたりを取って……わぁ、顔のバランスめちゃくちゃ良い!
目はこれくらいかな?
黙々と描いていると、私をじっと見ていた桃瀬くんが手を止めた。
「ねぇ、眼鏡取ってみてくれない?」
「……へ?」
唇が動いて放たれたのはそんな予想もしてなかった言葉。
私は驚いて情けない声をあげてしまった。
「ど、どうし……て?」
目立たないための言わば私を守るためのアイテムを外したくない気持ちからか戸惑いながら桃瀬くんの真意を問う。
「だって、眼鏡のせいで顔がよく見えないんだもん。せっかく描くならちゃんとしたいし。」
どうやら絵に対しての情熱からの発言だということがわかり、なるほどと頷いた。
納得はできた。だけど……
まだ、レンズを通さずに人を見る勇気なんてない。
これは私のお守りみたいなもの。
そう……眼鏡を掛けていたのは目立たないためだけではなかった。
レンズ越しだと人がまるでテレビを見ているように見えるのだ。
そう思わせて、怖さを緩和している大切なもの。
だから、外せない……!
無意識のうちに鉛筆を握りしめていた。
どう話したら、納得してもらえるかな……。
私は急いで頭をフル回転させる。
「玲央、白雪さんは目が悪いみたいだし、眼鏡外したら玲央のこと見えなくてデッサン遅れちゃうよ?」
思わぬところから援護が来て、私は口をぽかんと開ける。
「ね、白雪さん」
緑川くんはこっそりウィンクをしながら聞いてくれる。
「う、うん!実はそうなの……!」
私は頷きながら慌てて肯定した。
助かった……!
「それもそっか。」
桃瀬くんは諦めてくれたようで、再び紙と向かい合った。
ほっと息をつきながら、私は緑川くんの方を見る。
するとたまたま目があって、ぺこっとお礼の意味を込めて頭を下げた。
ひらひらとなんでもないというように手を振られた私は、安心して手元に目線を戻したのだった。
*
「描けた……!」
ふぅと達成感から息を吐いた私に、桃瀬くんは「お疲れ様」と労いの言葉をくれる。
「それじゃあ、見せて?」
手をこちらに向けられた私は緊張しながら紙を差し出した。
審査待ちの静寂で、心臓の音が余計に大きく聞こえる。
「ふーん、まあいいんじゃない?」
「本当!?」
やった!と心の中でガッツポーズをする。
桃瀬くんは絵の才能を認められてこの学校に入った人。
そんな凄い人に褒めてもらえるなんて、誰だって嬉しいに決まっている。
「はい、僕のはこれ。」
「えっ、すごい!綺麗……!」
線が細かく繊細で、影の付け方なんてまるで写真を見ているみたいだった。
私の絶賛に桃瀬くんは胸を張った。
「伊達に練習してないからね。」
「本当にすごいよ!上手!!わぁ、嬉しい!」
さらにベタ褒めする私に段々恥ずかしくなったのか、桃瀬くんは顔を背けてしまう。
「流石玲央だね。」
私の後ろから絵を覗き込んだ緑川くんも、同調してくれる。
あっ、桃瀬くんの頬がもっと赤くなった。
なんだか微笑ましくなった私はふふっと笑みをこぼす。
「なー白雪、俺のは?」
褒めて欲しそうに私に絵を見せてくれる赤羽くん。
わぁ、こっちは豪快な感じだ。
筆圧が強いのか線が濃くて、はっきりとキャンパスに青柳くんが映し出されてる。
「赤羽くんの絵は、なんだか元気もらえるね!」
繊細で細かい描写の桃瀬くんと大胆な筆使いな赤羽くん。
こうもタッチに差が出るんだ。
なんだか面白いかも!
「だろ!?結構上手く描けたんだぜ。」
私の言葉に赤羽くんは嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「うん、すごく上手!」
頷きながら褒めると、赤羽くんは満足したのか自分の席に戻って行った。
「それにしても、桃瀬くんは風景画が得意って聞いてたけど、人物も描けるんだね!」
多才だ……!と思いながら思っていたことを口にすると、「うん、まあ」となんだか曖昧な返事をされてしまった。
しまった!
そこで私は口を押さえる。
まだ会って間もないのにプライベートに踏み込み過ぎた!?
緑川くんの時に気をつけようって決めたばっかりなのに……。
己の学習能力のなさを反省していると、桃瀬くんは結んでいた口を解いた。
「……描きたい人がいるんだ」
「描きたい、人……」
言葉を理解するために一言一句繰り返した私に桃瀬くんはコクンと頷いた。
「僕は元々綺麗なものを描くのが好きで、蝶とか花とかあと、景色もそうだね。……をしょっちゅう描いてたんだ。」
そう言って懐かしそうにふっと目を細めた。
「……ある日、すごく綺麗で心を動かされる子に出会った。一目で目を奪われた僕は、覚えているうちにその子をすぐにスケッチに移した。……けど、何度描き直しても上手くいかなくて、その子を表現しきれなくて……。それから人物も上達できるように練習してるの。」
頬を紅潮させながら話す桃瀬くんは、側から見ても幸せそうだった。
表現したいものがあると燃えるって気持ちは少しわかるかも。
「その子はね、僕の憧れなんだ。」
うっとりとした顔で言った桃瀬くん。
私もニコニコと楽しく話を聞かせてもらっていると、桃瀬くんの瞳がこちらを向く。
「……なんだか、白雪ちゃんってその子に似てるんだよね。ねぇ、やっぱり一瞬でも良いから眼鏡取ってみてくれない?」
「……えっ!?」
突然話題が戻って私は驚愕の声を上げる。
「玲央!憧れの子に会いたくて焦る気持ちはわかるけど、白雪さんに迷惑掛けたらだめだよ?」
ジリジリと距離を詰めてきた桃瀬くんを止めてくれたのは、緑川くんだった。
「えー、そんなこと言ったって……。良いじゃん、少しくらい。というか、はるちゃんってば何でそんなに必死になってるの?」
「別に必死じゃないけど?白雪さんが困ってるみたいだから、助けに入っただけでしょ。」
「ふーん?そんなこと言って白雪ちゃんのことやけに気にしてるよね。」
バチバチッと2人の間に火花が散ったように見えた。
ってこれ不味くない!?
止めた方がいいんじゃ?……と思って赤羽くん達の方を見ると、首を振られた。
多分諦めろってことなのだろう。
「まあ、気に掛けてるのは認めるけど、それ抜きにしても無理強いは良くないんじゃないかな?」
「でた。はるちゃんは慎重すぎるんだよ。そんなんだから、未だにあの子も見つけられないんじゃないの?」
「へぇ、玲央。言うようになったね。そういう玲央こそ一切手掛かり見つけられてないんでしょ?人のこと言えるの?」
「あはっ、はるちゃんってばいつにも増して辛辣〜」
そうこうしている間に2人の言い合いはヒートアップしていく。
どっちも笑顔なのが逆に怖い……。
「ふ、2人とも……!」
あ、赤羽くんがすげぇこいつ止めに入った……って顔してこっちを見てる。
「なに?白雪さん」
「んー?」
同時に視線が集まったことで、緊張が高まる。
「あの、えっと……喧嘩はダメ、だよ?」
上手く言葉が見つからなくて、私の口から放たれたのはそんなものだった。
「喧嘩……。そっか、白雪さんにはそう見えちゃったんだね。わかった、辞める。」
「えっ……!?」
これじゃあ絶対ダメだと思った矢先、緑川くんあっさりそう告げたことで、ビックリして目を丸くした。
赤羽くんがおぉって目で見てるよ。
たまたまだと思うよ!?
心の中で全力で首を振りつつ、今度は桃瀬くんの方を見た。
「……はるちゃんどうしちゃったの?」
私と同じく目を見開いていた桃瀬くんは、信じられないというように呟いた。
「どうって……ただ怖がらせたくないだけだよ。ごめんね玲央。言い過ぎた。」
「なんか素直に謝られると、気味悪いんだけど。良いよ、僕も神経逆撫でするようなこと言ったし。おあいこってことで。」
よ、よかった……!
なんとか丸く収まった!
私は安堵の息を吐く。
「白雪さんも、巻き込んでごめんね。怖かったでしょ?」
「ううん、全然。さっきは庇ってくれてありがとう。むしろ私の方こそなんだか火種みたいになっちゃって……」
そう、私の眼鏡をどうするかで始まった言い争いだったから、止めなきゃ!って思っちゃったんだよね。
「僕もごめん。」
桃瀬くんは申し訳なさそうに眉を下げている。
その顔を見たら、許す以外の選択肢無くなっちゃうじゃん。……まあ元々怒ってすらないんだけどね。
「私こそ期待に添えられなくてごめん。……でも、桃瀬くんが憧れている人に似てるって言ってもらえて嬉しかった!いつか、納得のいく絵が描けると良いね!」
「……っうん」
弾けるように笑った桃瀬くんはかわいいというよりもとてもかっこよく見えた。
それで私は、きっと桃瀬くんはこうゆう表情を残したいんだろうなと思ったのだった。
私は学園長直々にお呼び出しを受けてしまった。
放課後学園長室に来いとのこと。
もう不安はとうに諦めムードに突入中で、私は教科書を整えながら、肩を落とした。
「白雪さん、移動行こ。」
「……うん。」
変わったことといえばこっちもそうなんだよね。
緑川くんが笑顔で私に声をかける。
その目はなんというか……甘くて、心臓に悪かった。
あの怯えたような眼差しを向けらるよりはずっと良いんだけど。……良いんだけどね?
そんな安堵をする暇もなく、むしろ真逆とも取れる視線を向けられてドキッとしてしまう。
それに……
チラッと赤羽くんの方を見ると、驚いて目をまん丸にしていた。
いつもは赤羽くんが私を誘ってくれてるのだ。
だからいきなり緑川くんが私に話しかけて驚くのも当然で。
というか、声をかけられた私が1番びっくりしていると思う。
「春翔、お前どうした?自分からアクションするなんて珍しくねーか。」
「そう?別に普通じゃない?」
緑川くんはサラッと受け流し、再び私の方をに体を向ける。
「白雪さん、ゆっくりで良いからね。時間はまだあるんだし。」
「う、うん。ありがとう。」
「……いや、やっぱりおかしいだろ!」
私と緑川くんのやりとりを見ていた赤羽くんは大声を上げる。
緑川くんはそんな赤羽くんの叫びに何が?といいたげな表情を浮かべた。
「不思議そうな顔するなよ!お前が1番わかってるだろ!?」
「新、そんな大きな声出さなくても聞こえてるよ。白雪さんにどう接しようが俺の勝手でしょ。」
「はるちゃん、あらちゃんはそのことを言ってるんじゃないよ。どうしてそんなに変わったのか知りたいんだって。……あらちゃんも、ちゃんと言わないとはぐらかされるだけなのわかってるでしょ?」
やれやれと言った感じで桃瀬くんが間に入る。
緑川くんは桃瀬くんの言葉でよくやくしょうがないと言った風にため息をついて口を開いた。
「昨日、白雪さんと話して仲良くなったんだよ。」
「ね?」と同意を求めるように聞かれ、私は頷いた。
「仲良く……って、お前が?」
赤羽くんはイマイチ信じきれてないようで、ジト目で緑川くんを観察する。
「遅れてもいいんですか?」
だけど青柳くんの呆れたようなその言葉に諦めて歩き始める。
まあ、緑川くんの方をチラチラ見ながらだったけど。
「次の美術、楽しみだね。」
そんな赤羽くんをまるで視界に入ってないかのように華麗にスルーして緑川くんは私に話しかけてきた。
「うん!今日はお互いにデッサンするんだよね?すごく楽しみ!」
次の授業はなんとペアを作って互いに絵を描き合うのだそうだ。
美術の先生がなんだか楽しそうにそう言っていた。
実は私もすごくわくわくしていたりする。
なんて言ったって、私は絵を描くのが好きなのだから。
そんな気持ちが顔に現れていたのか、緑川くんは温かい目線を向けながら「俺も」と言ってくれる。
「なあお前まさか……やっぱなんでもねぇ。」
赤羽くんがふと何かを思いついたように緑川くんに聞こうと口を開くと、緑川くんに鋭い視線を向けられて口を噤んだ。
何を言おうとしていたのか私にはわからなかったけど、緑川くんには予想できたんだろうな。
さすが幼馴染。
そんな風に感心していると緑川くんは再び私の方に微笑みを浮かべた。
私もつられて笑いながら、なんとなく聞いたらダメなやつだ……と思ったのだった。
そんなこんなで美術室に着いた時は、いつもと違う空気感になっていた。
6人がけの大きい机を挟んで3人ずつ向かい合うような席に腰掛ける。
こちらもいつもは赤羽くんが隣に座って何かと話しかけてくれるんだけど、今日は緑川くんが腰を下ろした。
席を取られたような形になった赤羽くんは一瞬固まった後、諦めてその横に座る。
「はいじゃあ前後でペアになって、似顔絵を描いてください。」
程なくしてチャイムがなり、先生のその指示通りにペアになる。
私のペアの相手は桃瀬くん。
緑川くんが「今日は前後だったか……」と呟いていたように聞こえたのはきっと気のせいだろう。
「よろしくね。」
おずおずと挨拶をすると、
「こちらこそ!」
と笑顔を返された。
桃瀬くんと、か……。
チラッと桃瀬くんの方を見ると、不思議そうに首を傾げられた。
うっ、かわいい!
私は鉛筆を持つ手を止めた。
桃瀬くんとはあんまり話したことがないから、なんだかじっと見られるのも、見るのも緊張する……!
しかも女子から人気があるほどの顔立ちをしているので、それはもう綺麗なわけで……。
わっ、まつ毛長い!
肌も白くて、目の大きさも相まってまるでお人形さんみたいだ。
新たな発見もしつつ、思わず見惚れてしまう。
髪って、天然なのかな。
すごくカーブが綺麗。
我を忘れてまじまじと見ていると、
「手、止まってるけど。」
と指摘されてしまい、慌てて鉛筆を動かした。
まずはあたりを取って……わぁ、顔のバランスめちゃくちゃ良い!
目はこれくらいかな?
黙々と描いていると、私をじっと見ていた桃瀬くんが手を止めた。
「ねぇ、眼鏡取ってみてくれない?」
「……へ?」
唇が動いて放たれたのはそんな予想もしてなかった言葉。
私は驚いて情けない声をあげてしまった。
「ど、どうし……て?」
目立たないための言わば私を守るためのアイテムを外したくない気持ちからか戸惑いながら桃瀬くんの真意を問う。
「だって、眼鏡のせいで顔がよく見えないんだもん。せっかく描くならちゃんとしたいし。」
どうやら絵に対しての情熱からの発言だということがわかり、なるほどと頷いた。
納得はできた。だけど……
まだ、レンズを通さずに人を見る勇気なんてない。
これは私のお守りみたいなもの。
そう……眼鏡を掛けていたのは目立たないためだけではなかった。
レンズ越しだと人がまるでテレビを見ているように見えるのだ。
そう思わせて、怖さを緩和している大切なもの。
だから、外せない……!
無意識のうちに鉛筆を握りしめていた。
どう話したら、納得してもらえるかな……。
私は急いで頭をフル回転させる。
「玲央、白雪さんは目が悪いみたいだし、眼鏡外したら玲央のこと見えなくてデッサン遅れちゃうよ?」
思わぬところから援護が来て、私は口をぽかんと開ける。
「ね、白雪さん」
緑川くんはこっそりウィンクをしながら聞いてくれる。
「う、うん!実はそうなの……!」
私は頷きながら慌てて肯定した。
助かった……!
「それもそっか。」
桃瀬くんは諦めてくれたようで、再び紙と向かい合った。
ほっと息をつきながら、私は緑川くんの方を見る。
するとたまたま目があって、ぺこっとお礼の意味を込めて頭を下げた。
ひらひらとなんでもないというように手を振られた私は、安心して手元に目線を戻したのだった。
*
「描けた……!」
ふぅと達成感から息を吐いた私に、桃瀬くんは「お疲れ様」と労いの言葉をくれる。
「それじゃあ、見せて?」
手をこちらに向けられた私は緊張しながら紙を差し出した。
審査待ちの静寂で、心臓の音が余計に大きく聞こえる。
「ふーん、まあいいんじゃない?」
「本当!?」
やった!と心の中でガッツポーズをする。
桃瀬くんは絵の才能を認められてこの学校に入った人。
そんな凄い人に褒めてもらえるなんて、誰だって嬉しいに決まっている。
「はい、僕のはこれ。」
「えっ、すごい!綺麗……!」
線が細かく繊細で、影の付け方なんてまるで写真を見ているみたいだった。
私の絶賛に桃瀬くんは胸を張った。
「伊達に練習してないからね。」
「本当にすごいよ!上手!!わぁ、嬉しい!」
さらにベタ褒めする私に段々恥ずかしくなったのか、桃瀬くんは顔を背けてしまう。
「流石玲央だね。」
私の後ろから絵を覗き込んだ緑川くんも、同調してくれる。
あっ、桃瀬くんの頬がもっと赤くなった。
なんだか微笑ましくなった私はふふっと笑みをこぼす。
「なー白雪、俺のは?」
褒めて欲しそうに私に絵を見せてくれる赤羽くん。
わぁ、こっちは豪快な感じだ。
筆圧が強いのか線が濃くて、はっきりとキャンパスに青柳くんが映し出されてる。
「赤羽くんの絵は、なんだか元気もらえるね!」
繊細で細かい描写の桃瀬くんと大胆な筆使いな赤羽くん。
こうもタッチに差が出るんだ。
なんだか面白いかも!
「だろ!?結構上手く描けたんだぜ。」
私の言葉に赤羽くんは嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「うん、すごく上手!」
頷きながら褒めると、赤羽くんは満足したのか自分の席に戻って行った。
「それにしても、桃瀬くんは風景画が得意って聞いてたけど、人物も描けるんだね!」
多才だ……!と思いながら思っていたことを口にすると、「うん、まあ」となんだか曖昧な返事をされてしまった。
しまった!
そこで私は口を押さえる。
まだ会って間もないのにプライベートに踏み込み過ぎた!?
緑川くんの時に気をつけようって決めたばっかりなのに……。
己の学習能力のなさを反省していると、桃瀬くんは結んでいた口を解いた。
「……描きたい人がいるんだ」
「描きたい、人……」
言葉を理解するために一言一句繰り返した私に桃瀬くんはコクンと頷いた。
「僕は元々綺麗なものを描くのが好きで、蝶とか花とかあと、景色もそうだね。……をしょっちゅう描いてたんだ。」
そう言って懐かしそうにふっと目を細めた。
「……ある日、すごく綺麗で心を動かされる子に出会った。一目で目を奪われた僕は、覚えているうちにその子をすぐにスケッチに移した。……けど、何度描き直しても上手くいかなくて、その子を表現しきれなくて……。それから人物も上達できるように練習してるの。」
頬を紅潮させながら話す桃瀬くんは、側から見ても幸せそうだった。
表現したいものがあると燃えるって気持ちは少しわかるかも。
「その子はね、僕の憧れなんだ。」
うっとりとした顔で言った桃瀬くん。
私もニコニコと楽しく話を聞かせてもらっていると、桃瀬くんの瞳がこちらを向く。
「……なんだか、白雪ちゃんってその子に似てるんだよね。ねぇ、やっぱり一瞬でも良いから眼鏡取ってみてくれない?」
「……えっ!?」
突然話題が戻って私は驚愕の声を上げる。
「玲央!憧れの子に会いたくて焦る気持ちはわかるけど、白雪さんに迷惑掛けたらだめだよ?」
ジリジリと距離を詰めてきた桃瀬くんを止めてくれたのは、緑川くんだった。
「えー、そんなこと言ったって……。良いじゃん、少しくらい。というか、はるちゃんってば何でそんなに必死になってるの?」
「別に必死じゃないけど?白雪さんが困ってるみたいだから、助けに入っただけでしょ。」
「ふーん?そんなこと言って白雪ちゃんのことやけに気にしてるよね。」
バチバチッと2人の間に火花が散ったように見えた。
ってこれ不味くない!?
止めた方がいいんじゃ?……と思って赤羽くん達の方を見ると、首を振られた。
多分諦めろってことなのだろう。
「まあ、気に掛けてるのは認めるけど、それ抜きにしても無理強いは良くないんじゃないかな?」
「でた。はるちゃんは慎重すぎるんだよ。そんなんだから、未だにあの子も見つけられないんじゃないの?」
「へぇ、玲央。言うようになったね。そういう玲央こそ一切手掛かり見つけられてないんでしょ?人のこと言えるの?」
「あはっ、はるちゃんってばいつにも増して辛辣〜」
そうこうしている間に2人の言い合いはヒートアップしていく。
どっちも笑顔なのが逆に怖い……。
「ふ、2人とも……!」
あ、赤羽くんがすげぇこいつ止めに入った……って顔してこっちを見てる。
「なに?白雪さん」
「んー?」
同時に視線が集まったことで、緊張が高まる。
「あの、えっと……喧嘩はダメ、だよ?」
上手く言葉が見つからなくて、私の口から放たれたのはそんなものだった。
「喧嘩……。そっか、白雪さんにはそう見えちゃったんだね。わかった、辞める。」
「えっ……!?」
これじゃあ絶対ダメだと思った矢先、緑川くんあっさりそう告げたことで、ビックリして目を丸くした。
赤羽くんがおぉって目で見てるよ。
たまたまだと思うよ!?
心の中で全力で首を振りつつ、今度は桃瀬くんの方を見た。
「……はるちゃんどうしちゃったの?」
私と同じく目を見開いていた桃瀬くんは、信じられないというように呟いた。
「どうって……ただ怖がらせたくないだけだよ。ごめんね玲央。言い過ぎた。」
「なんか素直に謝られると、気味悪いんだけど。良いよ、僕も神経逆撫でするようなこと言ったし。おあいこってことで。」
よ、よかった……!
なんとか丸く収まった!
私は安堵の息を吐く。
「白雪さんも、巻き込んでごめんね。怖かったでしょ?」
「ううん、全然。さっきは庇ってくれてありがとう。むしろ私の方こそなんだか火種みたいになっちゃって……」
そう、私の眼鏡をどうするかで始まった言い争いだったから、止めなきゃ!って思っちゃったんだよね。
「僕もごめん。」
桃瀬くんは申し訳なさそうに眉を下げている。
その顔を見たら、許す以外の選択肢無くなっちゃうじゃん。……まあ元々怒ってすらないんだけどね。
「私こそ期待に添えられなくてごめん。……でも、桃瀬くんが憧れている人に似てるって言ってもらえて嬉しかった!いつか、納得のいく絵が描けると良いね!」
「……っうん」
弾けるように笑った桃瀬くんはかわいいというよりもとてもかっこよく見えた。
それで私は、きっと桃瀬くんはこうゆう表情を残したいんだろうなと思ったのだった。