社長、社内恋愛は禁止のはずですが
「奥さん、乗ってく?」

低い声に、思わず足が止まった。

えっ、新手のナンパ?

「結構です。」と顔を背ける。

だが車の窓がさらに下がり、「本当に乗っていかなくていいの?」と続けられる。

恐る恐る振り返った私は息をのんだ。

サングラス姿の男——直哉さんだった。

「直哉さん⁉」

思わず声を上げると、彼は肩を揺らして笑った。

「ははは、まさか断られるとは思わなかった。」

私は安堵しつつも頬をふくらませた。

「もう、ナンパかと思いましたよ。」

買い物袋を抱えたまま助手席に乗り込むと、彼は満足そうにこちらを見やった。

エンジンが静かに唸り、車は滑るように住宅街を抜けていく。

窓から差し込む夕陽が、車内をやわらかく照らす。

「遥香を迎えに来るの、悪くないな。」

彼の言葉に胸が熱くなる。

まるで本当に夫婦みたいで、心の奥がくすぐったかった。
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