大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

第175話 好きって言葉の、置き場所

昼休み。

社内カフェはいつもより少し騒がしかった。

朱里はサラダとスープをトレイに乗せ、端の席に座る。

噂は落ち着いたようで落ち着いていない。

誰も直接聞いてこない代わりに、空気だけが
探ってくる。

(……疲れる)

スプーンを動かしていると、影が落ちた。

「中谷先輩、ここいいですか?」

望月瑠奈だった。

断る理由はない。

断ったら、余計に意味がついてしまう。

「どうぞ」

瑠奈は向かいに座り、アイスコーヒーのストローをくるくる回す。

少しだけ、いつもの勢いがない。

「……最近、忙しそうですね」

探る声じゃない。

ただの前置き。

「まあ、色々ね」
朱里は曖昧に返した。

数秒の沈黙。

そして、瑠奈は顔を上げた。

「先輩」

その声は、妙に落ち着いていた。

「平田さんのこと、どう思ってます?」

直球だった。

朱里の手が止まる。

「……どう、って」

逃げ道を探す。

でも、瑠奈は畳みかけなかった。

代わりに、静かに言う。

「私、平田さんに“好き”とは言わないです」

意外すぎて、朱里は顔を上げた。

「……え?」

瑠奈は、少し困ったように笑った。

「だって、先輩」
「先輩は、ちゃんと気持ちを言ってくれる人が好きですよ」

──刺さった。

「……なに、それ」

朱里の声が、少しだけ強くなる。

「勝手に決めつけないで」
「私が、そんな──」

言いかけて、止まる。

否定しようとして。

でも、言葉が続かなかった。

(……否定、できない)

怒りが先に来る。

「それ、瑠奈が言うことじゃないでしょ」

「嵩がどうとか、私がどうとか……」

瑠奈は、黙って聞いていた。

言い返さない。

煽らない。

ただ、視線を逸らさずに。

「……ごめんなさい」
瑠奈は、素直に言った。

「でも、ずっと見てたから」

朱里の胸が、ぎゅっと縮む。

(見られてた……)

傷つく。

無防備なところを、正確に突かれたから。

「先輩って」
瑠奈は続ける。
「自分の気持ちより、“相手がちゃんと言えるか”を先に見る人ですよね」
「だから、待つ」
「だから、決めない」

朱里は、何も言えなかった。

図星だった。

「それって、ずるくもあるし」
一拍置いて、
「……すごく優しくもある」

瑠奈は、少しだけ目を伏せる。

「だから」
「私が割り込む場所、ないなって思ったんです」

胸の奥が、じんわり痛む。

「……それで?」
朱里は、やっと口を開いた。
「それで、どうしてそんなこと言ったの」

瑠奈は、まっすぐ朱里を見る。

「先輩が、ちゃんと傷つくところまで行かないと」
「たぶん、何も動かないから」

残酷なほど、正直だった。

朱里は、視線を落とす。

怒った。
傷ついた。

でも──

(否定できなかった)

それが、何より悔しい。

「……ありがとう」
朱里は、絞り出すように言った。

瑠奈は、少し驚いた顔をした。

「嫌なこと、言ったのに」

「うん」
「でも、嘘じゃないから」

少しだけ笑う。

「瑠奈」
「私、動くよ」
「ちゃんと、考える」

瑠奈は、ゆっくり立ち上がった。

「それでいいです」
「……先輩が止まったままなの、一番嫌だったから」

去り際、振り返って言う。

「私、応援はしません」
「でも、邪魔もしません」

それは、恋敵としてではなく、

“同じ舞台に立つ人”の言葉だった。

一人残された朱里は、冷めたスープを見つめる。

(……私、何を怖がってるんだろう)

瑠奈の言葉が、胸の奥で静かに反響していた。

“ちゃんと気持ちを言ってくれる人が好き”

それを、
自分は──嵩に求めている。

同時に。

(私も、言わなきゃいけないんだ)

逃げ場が、ひとつ消えた昼休みだった。
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