大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

第183話 朱里が“伝えること”と“伝えないこと”を選ぶ時間

駅前のベンチに座り、朱里はスマートフォンを伏せた。

嵩に会うまで、まだ二十分ある。

けれど、時間が余っているから落ち着けるわけじゃない。

むしろ、考える時間が増えたぶん、頭の中は騒がしくなっていた。

──何を、どこまで話す?

昨夜、ノートに書き出した言葉たちが脳裏に浮かぶ。

寂しかったこと
置いていかれる気がしたこと
「大嫌い」と言えば、距離を保てると思っていたこと

全部、真実だった。

全部、重すぎる気もした。

朱里は息を吐く。

「全部言う必要は、ない」

誰に言うでもなく、そう呟いた。

嵩に分かってほしい気持ちはある。

でも、分からせたいわけじゃない。

──選ぶんだ。
──今の私が、背負える分だけ。

朱里は立ち上がり、歩き出す。

足取りは軽くないけれど、止まらなかった。

角を曲がった先で、嵩の姿が見えた。

少し早めに来たのか、壁にもたれて空を見ている。

その横顔は、以前よりもどこか疲れて見えた。

朱里の胸が、きゅっと縮む。

(ほら、また)

落ち込んでいる人を見ると、反射的に距離を取ろうとする。

傷つきたくなくて、先に突き放そうとする。

喉まで上がってきた言葉。

「……大嫌い」

言おうとして、止まった。

声に出す前に、気づいてしまったからだ。

嫌いなら、こんなふうに心が揺れたりしない。

嫌いなら、足が勝手に向かったりしない。

嵩がこちらに気づき、目を向ける。

「あ、朱里」

その一言で、逃げ道が消えた。

朱里は嵩の前に立つ。

少しだけ間を置いて、言葉を選ぶ。

全部は言わない。

でも、嘘はつかない。

「……嫌いだったらさ」

嵩が、黙って聞いている。

「こんなに、気にしない」

一瞬、嵩の目が揺れた。

朱里は続ける。

「言わないことも、たくさんある。
 言えないことも、ある」

それでも、と朱里は一歩踏み出す。

「今日ここに来たのは、逃げなかったってことだから」

告白じゃない。

約束でもない。

ただの、選択。

嵩はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。

「……それで、十分だよ」

朱里は初めて、肩の力が抜けた気がした。

全部さらさなくてもいい。

でも、何も言わない自分には戻らない。

その夜、朱里は思う。

百回言いかけて飲み込んだ「大嫌い」より、
一度もちゃんと言えなかった「好き」のほうが、

まだ怖い──けれど。

怖いまま、立ち止まらなかった自分を、
少しだけ誇ってもいい気がした。
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