内部監査部室長は恋愛隠蔽体質です

「約束通り、来て頂けて良かったです。松村課長代理」
「果たし状に応じたみたいな言い方はやめて下さい、榊原室長」

 安全マークがついたヘルメットを被り、互いの名を口にし合う構図はマンガなどの決闘シーンに似ている。かなりシュールであるが。
 定時後、屋外駐車場で居残り消防訓練とやらが行われようとしている。

「動きやすい格好で、とお伝えし忘れましたね」
 室長の視線がさっそく足元へ落ちた。
「パンツスタイルにしましたよ? あとスニーカーよりパンプスの方が動きやすいので。それに災害時に履き替えて避難しないでしょう? 命が第一優先です」
 わざと早口で捲し立てるとピクリッ、眉が動く。この人は分かりにくそうで分かりやすい。

「……何がおかしいのですか?」
「いえ、別に」
「監査の時もそれくらい滑らかにお話をしてくれたら良かったのに」
「室長相手に言い訳や言い逃れをしても通用しないでしょうし」
「また謙遜を」

 確かに監査項目外ならば口頭で負ける気はしない。会話をしつつ消火器の取扱説明書を受け取った。

「ところで松村課長は消火器の設置場所をご存知で?」
「はい。部内の備品棚横にひとつ、廊下へ出て北側にひとつあります」
 想定内の質問なので淀みなく答える。

「流石です」
 と言いつつ眉に変化はない。室長からしても非常階段の位置までしっかり頭に入れてあるのは想定内なのだろう。
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