内部監査部室長は恋愛隠蔽体質です
「それじゃ実施訓練をやりましょう!」
 説明書に一通り目を通して提案する。
「断っておきますが、張り切っても訓練時間は巻けませんよ」
「……」
 一刻も早く業務へ戻りたい気持ちを見透かして眼鏡のブリッジへ触れた。それから腕時計を確認する。

「せっかくの機会ですので、もう一つ質問を宜しいですか?」
「非常階段の位置ですよね?」
「いえ、前任者の処遇をどう考えているのかお聞かせ下さい」
「……訓練と関係ない話ですけど?」
「差し支えがなければで結構です。松村課長のお考えを知りたいです」

 時間調整の投げ掛けにしろ趣味が悪い。不正が明るみにならなければ昇進を望めなかったと考慮しても、わたしは元課長へ下された判断は厳しく感じている。

「機密を社外の人間へ漏らすのは言語道断といえ、お酒の席での失態は誰にでも起こり得る事かと」
「前任者はいわゆるハニートラップという実に分かりやすい策略に引っ掛かったのです」
「……ご自分であれば引っ掛からないとでも?」
「はい」

 そう断言されると件のノイズが脳内を走り抜けた。
 果たして榊原室長は恋人が裏切っているかもしれない噂を知っても、同じ返事を出来るんだろうか?

「話は変わりますが、室長の腕時計、素敵ですね」
「え? あぁ、こちらですか?」
「シンプルなデザインでありながら高級感があってーーもしかして贈り物です?」
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