内部監査部室長は恋愛隠蔽体質です



「居残り消防訓練、ですか?」

 聞き慣れないワードを反復するわたしに榊原室長は頷く。

「はい。定時後に私とワンツーマンで行います。日程は—ー明日で如何でしょう?」

 ジャケットの内ポケットから手帳を取り出し、万年筆で書き込む仕草は流れるように美しい。思わず見惚れてしまう。

「あ、いや、そういう意味ではなくて」
「おや? ご予定がありますか? 松村課長のスケジュールを確認したところ、空いているようでしたが?」
「まぁ、予定はありませんが……」
「消防訓練は義務ですよ」
「もちろん、承知していますが……」

 我ながら座りが悪い語尾。抜き打ち監査によって業務が滞っているのだから配慮して貰いたい、ひとまず視線で訴えてみた。

「それに営業部は社運をかけたコンペが控えていますし」
「存じ上げてます。ですので松村課長代理に代表して訓練を受けて頂き、他の未参加者は課長指導のうえ自主訓練という形式を取ります」

 監査指摘事項は消防訓練未実施だけでなく、細かなものも含めれば結構ある。査定は百点満点中、八十点といったあたりか。
 ちなみに合格ラインが九十点以上、問題点としてあげられる事例はすみやかに是正しなければならない。
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