先生、迎えに来ました
5.手を繋ぎませんか
九月になった。
高瀬との同棲生活を始めて、すでに二週間以上が過ぎていた。

ひまりの幻滅作戦は(ことごと)く失敗に終わっている。
なにをしても、どんな姿を見せても、高瀬がひまりに幻滅しないのだ。
むしろ、日増しに愛情が深くなっていっているような気さえする。

そしてそれを、心地よいと感じ始めている自分がいることも、ひまりは自覚していた。

高瀬は「有用性を理解してほしい」と言った。
たしかに彼は、あらゆる面で理想の結婚相手だった。
しかし、そんなことよりも、二人でソファーに座って他愛のない会話をする穏やかな時間の方が、ひまりの心を揺らした。

この感覚が、高瀬を「好き」であるということなのか、まだひまりには自信が持てなかった。

第一週目の土曜日は、高瀬と少し遠出して花火を見にいくことになっていた。

高瀬が浴衣の着付けもできると聞いても、もはやひまりは驚かなかった。
せっかくなら、浴衣を着て花火を楽しみたいと思ったため、高瀬に頼んで1Kの家まで取りに帰った。
気に入って買ったのに、一度しか着れていない浴衣があったのだ。

二週間ぶりの部屋は、なんだか自分の居場所じゃない気がして落ち着かなかった。

花火大会当日、肌着の上に浴衣を羽織り、着付けに必要なものを持ってリビングに行くと、高瀬はすでに浴衣を着ていた。
紺地をまとった広い肩とすらりとした体躯(たいく)を、腰に巻かれた生成りの帯が、きりりと引き締めている。
体幹がしっかりしているのだろうか、浴衣によって際立った姿勢の良さが、高瀬の魅力を一層引き立てていた。

「浴衣似合うね」

ひまりは思わず口にした。
高瀬は照れたように笑い、「ありがとうございます」と言いながら、ひまりの手から着付けセットを引き取った。

高瀬はいつものことながら手際が良く、裾合わせから腰ひもを結ぶところまではスムーズに終わった。

「おはしょりを整えるのは……できますか?」
「あ、うん。できる」

高瀬は執事であり紳士だ。
ひまりの体に触れる恐れのあることは絶対にしない。

ひまりは身八(みや)(くち)から手を入れ、自分でおはしょりを整えた。
その後は帯を結ぶところまでやってもらい、ひまりの着付けも終わった。

ひまりの浴衣は、薄い生成り色の生地に、藍色の菊の花が流れるようにあしらわれており、深い紺に白の縞模様が走った帯が、凛とした清涼感を添えていた。

「とっても似合ってます」
「ありがとう」

今ははっきりと、愛情を込めて伝えられたとわかる高瀬の言葉を、ひまりは素直に受け取った。
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