先生、迎えに来ました
高瀬との同棲を始めてから明日で一か月になる。
ひまりは決めていた。
いつものように車で会社まで送ってくれた高瀬に提案する。

「今夜、寝る前に一緒に映画を観ない?」

一瞬、驚いた顔をしたものの、すぐに高瀬は「いいですね、楽しみにしてます」と微笑んだ。
そんな高瀬に微笑み返すと、ひまりは車を降りた。

高瀬の車を見送って、オフィスに向かう。
その足取りは重かった。

今夜、高瀬をセックスに誘う。

高瀬は、体を重ねたら愛がないのはわかると言っていた。
それなら、ひまりに愛がないこともわかるだろう。
愛のないセックスは虚しいとも言っていた。
だとしたら、今後そんなセックスが続くであろうひまりと結婚したいとは思えなくなるのではないか。

むしろ、そう思って欲しかった。

「私は彼に愛を返せない。彼を幸せにしてあげられない……」

もしかしたら、時間とともに愛が生まれるのかもしれない。
でも、今のひまりは同棲期間を引き延ばす気にはなれなかった。
高瀬に応えられない自分が苦しくて、今にも逃げ出したい気持ちだった。

明日、「結婚できない」と告げたとしても、高瀬は納得できないだろう。
表面上、二人の関係は良好なうえ、少しずつ進展しているように見えるからだ。

ひまりは、去っていった男性たちのように、高瀬にも自分で結論を出して欲しかった。
そうすれば、この関係性の終わりを受け入れられるはずだ。

ひまりは、夜の訪れを待った。
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