告発のメヌエット
第10話 報告
午前10時、約束通りの時間に、騎士団の巡回警備隊の隊長が班長を伴って商会を訪れた。
二人は早速執務室に案内された。
「おはようございます。こちらは巡回警備隊のカザック隊長です。
先日のカミル様の件につきまして、少々お話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか。」
班長が挨拶をした。
「はい、お待ちしておりました。私はハイマー商会、会長のニールと申します。」
父が挨拶をして、私に目配せした。
「カミルの妻、コレットでございます。」
「この度は、突然のことで、さぞ驚かれたでしょう。
まずはお悔やみ申し上げます。」
班長が挨拶をするとカザック隊長が、
「要件というのは、カミル殿は日常的に酒を飲んでいた。
あの日もかなりの酒を飲んでいた。
酩酊状態となり運河に転落して死亡した。
それで間違いはないな。」
高圧的な態度で納得させようとしていることが、見え透いている態度だった。
私たちには一切口を挟ませないようにするためだろうか。
「……、そのように伺っております。」と父が答えると。
「そうであろうな。巡回警備隊の日誌にはな、7月16日の午後8時27分に、歓楽街の路上で、酩酊状態のカミル殿を発見して保護したとある。
この時はやや興奮していて大声を出していたり、わけのわからないことを口走っていたので、詰め所でしばらく様子を見ていた。
その後眠りに落ち、明け方に目覚め、自ら名乗った。
その後礼を言って宿に帰った。」
「はい、巡回警備の者も、その時にカミル殿の顔を覚えていたので、すぐに川岸の遺体もカミル殿と分かりました。」
「確かに夫は酒が好きでしたが、接待や付き合いで飲む機会も多く、一人で飲み歩くようなことはなかったと思います。」
「いや、ラタゴウ領主のアルベルト殿からは、普段から酒癖が悪く夫婦げんかもしていたと。
そこで夫人がけんかの末に暴力をふるったこともあると。」
「いいえ私は……。」
私が言いかけたところで父に制された。
「何か不都合なことでも?」
とニヤリと笑った。
「ございません。」
隊長の揺さぶるような言動は、私の返答次第では、事実として扱われてしまう可能性を示唆していた。
隊長の言葉遣いが、その意図を物語っていた。
私は余計なことを口にしないよう、慎重に言葉を選ばなければならない……。
「よろしい、では続きを。
7月23日早朝、巡回警備の兵がルイウ川の川岸に倒れているカミル殿を発見。
すでに脈も呼吸もなく、死亡者として騎士団の詰め所に運ばれる。
念のため検死をダイス医師匠に依頼した。
班長、日誌の通りであるな。」
「はい、間違いありません。」
「午前6時ごろ、ハイマー商会へ問い合わせ、身元確認の依頼をする。
6時45分到着。妻による身元の確認を行う。
カミル・ラタゴウ氏と判明。
すぐさまラタゴウ領主アルベルト殿へ騎兵により伝令。」
隊長は私たちの表情を探るように見ながら、話を続けた。
「午後1時、ハイマー商会トーマス氏来所し、カミル殿の着替えを持参する。
午後1時15分 アルベルト殿より返信。
帝都に滞在している運送業者に遺体の搬送を依頼した。
伝令より市旗を預かる。
そして午後2時ダイス医師匠による検死、解剖が行われる。
午後4時終了。特に変わったこともなかったのだな。」
「はい、日誌に記載の通りでございます。」
「うむ、よろしい。午後6時、葬儀屋来所。
遺体をきれいにして着替えさせ、棺に納めて花を手向けた。
倉庫には誰か来たのか?」
「いいえ、その後の来訪者はありません。」
「ふむ、翌日午前9時30分、ダイス医師匠来所。
解剖調書提出。
ダイス医師匠による検死解剖によりルイウ川へ転落し、溺死したものと結論づけた。
死亡したのは推定で22日深夜から23日未明。
死後硬直は顕著ではなかったため、死亡してそれほど時間が経っていないものと推察する。
多量の水を飲んだもので、腹部の膨満がみられた。」
時々隊長は話をしながら私たちの反応を見ていた。
「コレット夫人、形式的なことですので一応お尋ねいたしますが、22日の夜から23日の朝にかけて、どちらに居られましたか?」
遠慮がちに班長が尋ねた。
「もちろんこの屋敷で、子供たちとともに眠っておりましたとも。」
「それを証言できる者は? 身内や家族以外では?」
カザック隊長が詰め寄った。
「深夜のことですから、証明は難しいでしょう。
この屋敷の使用人の証言と一致しますので、おそらく疑う余地はないかと。」
「ふむ、であればよい。
以上のことにより、この件はカミル殿が川に転落し、その後死亡した事故死であると処理をする。」
隊長は書類にサインをして班長に差し出した。
班長は丁寧に畳んで封筒に入れた。
「以上が騎士団の見解である。
異議はないな、ニール殿。」
「はい、ございません。」
「うむ、よろしい。
代官殿は傑物と聞いておる。
残念なことだったな、コレット夫人。」
「ええ、本当に……。」
「ではこれで、遺族への報告と調査を終了する。」
ダイス先生が言っていたこととはだいぶ違うが、この事件がどのように扱われたかがわかった。
「トーマス。」
父が声をかけると、トーマスが金貨の入った袋を持ってきた。
「お手間をおかけしたお礼と、少しばかり騎士団へ寄進いたします。
今後とも街の治安維持のため、ご活躍ください。
よろしくお願いいたします。」
「あい、わかった。」
隊長はそう言いながら、金貨を懐にしまった。
「感謝いたします。」
班長が深々と頭を下げた。
「では行くぞ。」
そう言って、隊長と班長は部屋を出た。
彼らの姿が見えなくなると、私は父に詰め寄った。
「お父様、これではまるで、カミルの死が隠蔽されたも同然ではありませんか。」
父はゆっくりと頷きながら答えた。
「まぁ待て、相手はカザック子爵家の次男、ミハイル殿だ。
貴族を相手に喧嘩を売れるほどの力が、我々にあるわけではない。」
「でも、ダイス先生の話とはまるで違っていました。」
「よく聞きなさい、コレット。
今はそれを追及する時ではない。
我々がカミル君の事故を疑っていないことを、示す必要があったのだよ。」
「それは、どういう……?」
「こちらに身の危険が及ぶのを防ぐためだ。
もしこれが事件として扱われた場合、最初に疑われるのは誰だと思う?」
「……私?」
「そうだ。領主の調書にもあっただろう?
お前がカミルを殺した可能性を示唆していた。
もしここで私たちが疑念を表にすれば、お前は即座に容疑者として連れて行かれる。」
「そんな……。」
「おそらく、事件を丸く収めるために、誰かに罪を着せる必要があったのだ。
もしも、証拠が出てきたら……?」
「そんな乱暴な話が……。」
「だが、それが貴族社会の現実なのだ。」
私は言葉を失った。
「もしかして大麻の取引にカミルが関わってしまったから、証拠を隠滅するために殺してしまったとか。」
「いまだに憶測でしかないが、貴族の子息がここにやって来たということは、こちらを探りに来たのか、ただの調査だったのか。」
「でもアルベルト殿からの調書では、私にカミルを殺す動機があることを、におわせていたでしょう?」
「理由さえあれば、どうにかしてしまうつもりだったのだろう。
ダイス先生の忠告通りであったな。」
「ええ、そういうことになるのですね。」
私は、華やかさの裏に潜む貴族社会の冷酷さに戦慄した。
その優雅な仮面の下には、平然と非情な決断が下される世界が広がっているのだった。