告発のメヌエット

第12話 才覚


「トーマス、先生を執務室へ案内してくれ、私は少しコレットと話がある。」

「かしこまりました。それでは先生、こちらへお願いします。」

「では後程な。」

「昔、ランベルク氏がまだ無名だったころ、私がパトロンを務めていた。
 才能があっても、機会に恵まれず不遇の人生を送る者は多いものだ。」

 そう言って父は、私たちの様子を温かい目で見ていた。

「お前たちが将来どのような道を歩むかわからないが、夫のいないお前がどのように生計を立てていくか、よく考えておいてくれ。
 私はお前たちがやることに、できるだけ助力をしようと思う。」

「お父様、ありがとうございます。」

「おじいさま、私はピアニストになる夢をお父様に話をしたら、ピアノを買ってくださったの。
 だから私はこのピアノで、お父様と一緒に夢をかなえていきたい。」

「そうだな、カミル君もきっとよろこぶだろうな。」

 父はそんなアリスを見て、嬉しそうに執務室へ向かった。

 私の生計の立て方。
 そろそろそんなことも考えなければならない頃よね。

 子供たちはちゃんと前を向いて人生を歩もうとしている。
 私はできるだけ子供たちに寄り添っていたい。
 でもそのためには自分でも何か仕事をしないとならないわね。

 父は私たちに機会を恵んでくださる。
 もちろん我が家は商家なので、何か商売になるものが好ましい……。
 私に何かできるだろうか?
 そう思いながらカイルの服のデザイン画を描いていた。

「そうだったわ、夕方までに型紙を作らないと。」

 私はデザイン画を軽く書いてみた。

「お母様、お上手ね。こうして私たちの服も、作ってもらえるのですね。」

「そうよ、嫁入り修行でね、おじい様が洋裁学校へ通わせてくれたのよ。
 貴族のたしなみだって。」

「それにしても上手ね。前からお母様が服を作ってくれたの?」

「ええ、エダマにいたときは、私がこうしてデザインをして、型紙に起こすと、あとはお針子たちが仕上げてくれたのよ。
 本当は、子どもたちには私が作ってあげたかったのだけど、忙しくてできなかったのよ。」

「そうなんだ。
 この服も型紙に起こしてくれれば、侍女たちが作ってくれるのね。
 自分たちの服を作るって、サラが言っていたのよ。」
 
 そう言われてみれば、侍女たちの服装も丁寧なつくりをしていた。
 ここのお針子の腕は、よほど良いのだろう。

「それではお願いしようかしらね。
 私も今はアリスやカイルとも時間が取れるので、採寸しながら型紙を作ってみようか。」

「お母様の服って、なんだかそれだけでうれしいわ。」

 アリスは期待に胸を膨らませていた。

 アリスの練習するメヌエットが心地よく聞こえる。
 カイルはソファーに寝転んで百科事典を見ていた。
 私はその中で安心して作業ができることを喜んでいた。


 執務室に戻った父と、ジョージ先生が話をしていた。

「ランベルク氏の手伝いと酒場の演奏では、なかなか生計も立たないだろう。」

「ええ、それもあって師匠にこちらを紹介していただきました。」

「定期的に安定した収入が必要だな。
 小学校で音楽を教えてみるのはどうかな?
 校長とも話をしたのだが、学校にピアノはあるが、子どもたちに音楽を教える人材がいなくてな。」

「それは願ってもないことです。」

「よろしい、君のように音楽の楽しさを伝えてくれる先生がいると、子どもたちも喜ぶだろう。
 それならば校長にも紹介状を書こう。さらに君の給金は私が学校に寄進しよう。
 毎月1,000Gでどうかな。」

「滅相もございません。私のようなものにそのような金額を……。」

「かつて君の師匠も同じようなことを言っていた。
『私なんかに』と遠慮していたよ。
 だが私はこう言ったのだ。
『自分を過小評価しているうちは、何も成し遂げられない』とな。」

 ジョージ先生は恐縮して下を向いていた。

「顔を上げたまえ。これからは教師としての体面を保たねばなるまい。
 それにも金はかかるものだ。まずは服を仕立てなければな。」

 父は大きくうなずいて、トーマスを呼んだ。

 トーマスは金子と仕立屋への紹介状を用意していた。

「まずはそこで支度をするといい。
 残念ながら君の才能は見た目ではわからんのだからな。」

 そう言って豪快に笑った。

「おっしゃる通りです。ハイマー様のご厚情に感謝いたします。」

「これからよろしくな、先生。」

「はい。」と元気に返事をして、一礼し、仕立屋へ向かっていった。

 その背中はピンと伸び、胸を張った姿は自信に満ちていた。
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