告発のメヌエット
第13話 簒奪
カミルが亡くなって2週間後、エダマの街には新しい代官が就任した。
アルベルトの息子のルドルフが、エダマの代官亭に住むことになった。
弱冠17歳で独身の彼がエダマの代官に就任することには、町の有力者もよく思っていなかったが、有力貴族であるオルフェ侯爵家の娘、キャロル嬢との婚約も発表され、街はにわかにざわつき、活気づいていた。
キャロル嬢は不遇にも婚約者だった騎士団の副団長が、任務中に命を落としたため、その後結婚することなく実家で過ごしていた。
ここでエダマの若き代官との婚約により、再び脚光を浴びることとなった。
ラタゴウ家は侯爵家の後ろ盾を得ると同時に、オルフェ家も交易の拠点であるエダマの街を手中に収めようとしていたため、両家の思惑は一致した。
二人の婚約により両家は結びつきを強めたのであった。
港湾事務所の近く、交易関係者が良く集まる酒場では、仕事帰りのケイトたちが仲間と一緒に飲んでいた。
「あの女狐め、いったい何をたくらんでいるのやら。」
ケイトはあきれ顔だった。
それもそのはず、キャロル嬢は25歳。
代官に就任した17歳のルドルフとは年齢はもちろん、家柄も考えると不自然に思えた。
中央貴族の実力者であるオルフェ家と小さな田舎の領主とでは家柄が不釣り合いもいいところだ。
社交界で交流の経験を考えると、キャロル嬢が率先して渉外を行い、実質オルフェ家が貿易都市エダマを牛耳ることになる。
「はんっ、社交界の策士気取りの貴婦人が何をしようと、ここはカミルの旦那とコレットが作り上げた街なのだからね。
出来上がってから横取りしようってかい。」
威勢のいいことを言っていたが、新代官の改革に直面し、沈黙せざるを得なかった。
布告
エダマの街に交易所を設置し、検疫と税関を設ける。
従来の港湾事務所は廃止し、交易所が業務を引き継ぐ。
船舶及び輸送業は登録制とし、交易品の内容を届出すること。
エダマ代官 ルドルフ・ラタゴウ
交易所にはオルフェ侯爵家ゆかりの者が配属となり、実質交易はそれらの者によって支配された。
「早速始めやがった。
カミルの旦那は自由な交易が街を発展させると言って、人々も活気づいたもんだ。
金づるを見つけて早速甘い汁を吸おうってかい。」
「まぁ、オルフェ家のことは、あまりいい噂は聞かないからな。」
「およし、ここではだれが聞いているかわかったもんじゃないよ。」
「おっと、口が滑っちまった。
それにしても代官様が庶民から税を巻き上げようってのは感心しないよな。
これじゃ街が廃れてしまうじゃないか。」
「あの坊がそんなことをすると思っているのかい。」
「だって、ほら……。」と一緒にいた運送屋の従業員が布告の紙を指さして言った。
「あれは女狐の仕業だよ。坊はすっかり飼いならされて、小遣いとおもちゃを与えられているってよ。
17歳にして父親ぐらい恰幅がいいってさ。
すっかりふくよかな貴公子気取りだそうだ。」
「なんだよ、それじゃ女狐が仕切っているのも同然じゃないか。」
「そうさ、そのうちラタゴウの家をつぶして、ここを乗っ取る気でいるのかもね。
坊はそのまま婿養子にしちまえば、エダマの街はオルフェ家の支配下に納まるってもんだ。」
「それじゃ、次は領主様が消されるって事かい?」
「……声が大きい。ここには女狐の密偵がいるかもしれないんだ。
めったなことを言うもんじゃないよ。」
民から慕われていたカミルの死については、様々な憶測が飛び交っていた。
しかしどれも噂話の域を出ない、信憑性に欠けるものだった。
ただ、カミルは付き合いで酒を飲んでも酔っぱらうこともなく、最後に会計を済ませて気分よく帰っていく、そんな上手な酒飲みだったことは承知していた。
それだけに今回の事故死の話は、関係者の間では不信感が募っていた。
「ほら今日は飲むよ、我が敬愛なるカミル様に」
「カミル様に」と言って杯を上げ、献杯した。
「そう言えばコレットちゃんとは会ったのかい。」
運送業者の間では、代官の若奥様はちょっとした人気者だった。
カミルの葬儀に出席がかなわなかったコレットを心配する声が多く、領主の言った「夫婦喧嘩の末の暴行」の話は、夫婦で仲睦まじく仕事をしていた姿からは、誰も信じられるものではなかったからだ。
言いがかりをつけられ、無理に離婚させられ、エダマの街を意図的に掌握するために、無理やり追い出されたというのが業者たちの共通認識だった。
「まぁ……あたしがあの子に会ったときにはすっかり落ち込んでいたけどね。
元気にやっていることを願うよ。
子供たちもいるんだ、いつまでも落ち込んではいられないからね。
またハイマー商会の依頼があったときにでも顔を出しておくよ。」
「そうだな。また元気になって顔を出しちゃくれねぇかな。」
「大店のお嬢様だよ。ほいほいとこんなところに遊びに来るかねぇ。
それに今は来たくても、これじゃあね……。」
「ほら、今日は飲もう!コレット様の幸せを祈って!
コレット様に。」
そう言って再び杯を掲げた。
「コレット様に。」
今日は何でもいいから酒をあおりたい気分だった。
この街を徐々に侵食する不穏な空気を、業者たちは敏感に感じ取っていた。