告発のメヌエット
第16話 暗躍
トーマスはエリックとともに帝都の歓楽街を訪れていた。
普段はバトラーとして服装もそれなりにしているが、今日は労働者の身なりをしていた。
エリックは付き添い、護衛を兼ねつつ話し相手も務めていた。
二人が目指したのは、7月16日にカミルが保護されたという歓楽街の一角だった。
いつもと服装を変えたのは、およそそのような服装の者が立ち入るところではないからだ。
しかし、カミルは代官としてこの地に赴き、供もいたはずなのに、労働者が安い酒をあおるような場所に一人でいたのだ。
どう考えても不自然だった。
エリックは元同僚から話を聞き出し、カミルが保護された場所を聞き出していた。
「エリック、ここには行きつけの酒場でもあるのか?」
「いいや親方、この辺りはできれば避けたい場所です。
あまりいい噂がありませんし、治安の悪いところですよ。
巡回の兵士が良く見回りに来るほどです。」
「そうか……ではさっそく入ってみるとしよう。」
二人は連れ立って路地に面した店に入って行った。
薄暗い店内に入ると、小さなカウンターと立ち飲み用のテーブルが5台ほど。
初めて見る顔に店主は訝しげな視線を向けたが、客だとわかると笑顔で応対し始めた。
「スコッチを頼む、2つだ。」
店主はナッツを出して、
「殻は床で構わんよ、まとめて片付けるからな。」
ショットグラスに注がれた酒を2杯出した。
店の様子を観察しているエリックに、
「お前さんたち、初めてだな。
どういう了見でここに来たかは知らんが、無事に帰りたきゃ、この店から奥には行きなさんなよ。」
そう店主が告げた。
「ずいぶんと客が少ないようだな。」
「ああ、この先の路地にはとあるお偉いさんが取り仕切っているエリアがあるんだが、客はそっちに流れるんだよ。
おかげで商売あがったりだ。」
「どうしてそんなことが起こるんだい?」
「そりゃおめぇ、『葉っぱ』に決まっているじゃないか。
どいつもこいつも『葉っぱ』にのめりこんだら抜け出せねぇ。
悪いことは言わん、この先には近づかんことだ。
それにここはお前さんたちの来るような場所じゃねえ。」
「え?」とエリックが動揺する。
トーマスは落ち着いた様子で応えた。
「やはりわかるか。」
「そりゃそうだ。
表の高級店ならともかく、ここでスコッチとは珍しいからな。
ここじゃ安物のワインが定番だ。
ちょいといい気になって注文するやつもいるが、あんまり出ないんだよ、そいつは。」
カミルがウィスキー好きと知って、注文したのがまずかったようだ。
こうした時のトーマスは落ち着き払っていた。
懐から大銀貨を出し、
「ひと月前にここで身なりの良い紳士が保護されたことを覚えているか?」
「ああ、どこぞの地方貴族だって話だな。
ここに連れてこられたってことは、上の連中だな。」
「上の連中?」
「この先のエリアを仕切っているのは、とあるお偉いさんの私兵部隊なんだよ。
と言っても愚連隊でな、ガラの悪い連中がほとんどだ。
そいつらを取り仕切っている『上の』がいるんだよ。」
「へぇ、そんな奴がいるのだね。」
エリックが辺りを見回しながら答えた。
この手の話は誰に聞かれているかわからないからだ。
「安心しろ、ここには俺しかいない。
それに俺は金も欲しいが命も惜しいのでな。」
「それなら安心だ。
金でつながったやつは、割り切って仕事をするからな。」
「ちげえねぇ、それで何が知りたい。」
「その上のやつらはここで何をしているんだ。」
「地方から出てきた要人におもてなしをしているのさ。
この世の快楽だよ。酒に女に『葉っぱ』をな。」
どうもカミルはその接待を受けたらしい。
何者かによって連れてこられたということだろうか。
「その上のやつらとは?」
エリックが聞き出そうとしたのをトーマスが止める。
「おっと、口が滑ったな。」
「我々は初対面なのだ。
今、これ以上の話はお互いのためにならないだろう。
なぁ、店主よ。
有益な情報には礼金を出す、それで十分だろう?
次もお互いに初対面であることを祈ろう。」
「ああ、そうだな。
せっかくだ、何か飲んでいってくれよ。」
トーマスが大銀貨をもう一枚出すと、ダブルのスコッチとチーズ、燻製肉が並んだ。
「さあやってくれ、お代はもう十分だ。
今日の客はお前さんたちだけみたいだからな。」
その後トーマスとエリックはこの街の『葉っぱ』の蔓延や、重税に苦しむ店の話、労働者の不満などの話を聞き出していた。
「それではまたな。」
そう挨拶をして店を出ようとしたとき、
「こいつを持って行ってくれ。」
店の屋号の刻印が施されたマドラーを手渡した。
「こいつはこの辺の店で流行っているんだ。
お得意様のしるしにってな。
次に店に来た時に特典があるってやつだ。
どの店でも同じようなことをやっている。
通になるとな、胸のポケットに入れてみせびらかすんだよ。」
「そうすると、どうなるんだ?」
エリックが不思議そうに聞くと、
「ほかの店のマドラーを持っているとだな、客を奪ってやれってサービスするんだよ。
そして自分の店の物を渡す。
まぁ、俺らと客のお遊びみたいなもんだけどな。
高級店のマドラーはVIP待遇の証ってわけで、それを見たら客引きが声を掛けないんだよ。」
「それはどうして?」
「うっかり声を掛けちまったら、その店の用心棒に伸されるからな。
客引き連中にはすっかり知られているんだよ。」
そう言う客のとり方もあるのだなと、トーマスは感心していた。
「うちはつまみを一品多く出すだけだから、安心して見せびらかしてくれ。」
店主は笑って言った。
「ああ、それじゃあな。」
エリックは気分よく店を後にしたが、トーマスにはある疑念があった。
そもそも、カミル様はなぜここへ連れてこられたのか?
これを解き明かすことが、あの事件の解明につながるのだと確信した。