告発のメヌエット
第22話 披露
いよいよ新学期が始まった。
エリックに付き添われ、アリス、カイルとともにサラも一緒に学校へ向かう。
私も少し遅れて父とともに馬車で学校へ向かい、校長に挨拶をすることになった。
集会場のピアノは、始業前には職人によって磨かれ、調律されていた。
この地域の子どもたちが学校に集い、年齢別に3つのクラスに分かれていた。
11歳から12歳のクラスが最年長で、アリスとサラは真ん中の9歳から10歳のクラス、カイルは7歳から8歳のクラスだった。
子供たちは全体でも30人ほどで、まだまだ学校に通う子供は少ない。
子供とはいえども立派な労働力になっていたため、貧しい家の子どもは日雇いの仕事にありつき、日銭を稼いで家計を助けていた。
子供たちが集会場に集まるころ、父と私も集会場に入った。
「皆さん、おはようございます。
夏休みは元気に過ごしていましたか?」
校長が呼びかけると元気よく返事が返ってきた。
「今日から皆さんを教えてくれる新しい先生と、新しい仲間を紹介します。
初めはジョージ先生、音楽と小さいクラスの算術を教えてくれます。」
ジョージ先生は皆の前でお辞儀をしてすこし照れながら、
「よろしく」と短い挨拶をした後、ピアノに向かった。
そしてきらきら星の演奏を始めた。
そのきらきら星は、最初は耳馴染みのある曲だったが、だんだんリズムが変化し、流れるような旋律とにぎやかな伴奏が組み合わさった楽しい曲を演奏していた。
演奏が終わると拍手が沸き上がった。
「ジョージ先生は音楽の授業を、3つのクラス全員を教えてくれることになりました。
集会室でピアノを使って音楽の授業をします。」
アリスとカイル、サラが呼ばれて、皆の前に立った。
「きょうから皆さんと一緒に勉強をするアリスさん、サラさんカイル君です。仲良くしてくださいね。」
ジョージ先生がピアノの前でアリスを招いた。
アリスは、初めはとまどっていたが、意を決してピアノの前に座った。
そうしておまじないのように手を合わせて何かを言った後、バッハのメヌエットの演奏を始めた。
転入生の度胸のある行動に、皆は驚いて、固唾を飲んで見守っていた。
初めはゆったりとした聞き覚えのあるメヌエットを演奏していたが、少しテンポを速めて明るく軽やかに演奏し、弾むような演奏で可愛らしくまとめていた。
演奏が終わって一礼すると、静かだった集会室が歓声に沸いた。
アリスの堂々と演奏していた姿を見ると、急に頼もしく思えてきた。
ねぇカミル、聞いているかしら。
アリスも演奏の前にはあなたに語り掛けていたのね。
アリスとあなたの、夢の一歩を踏み出したのよ。
父も拍手を送りながら目頭を押さえていた。
それから私たちは校長に会って、挨拶をした。
「これはハイマー殿、ようこそおいでいただきました。
学校に寄進いただいたピアノもこうして音楽の教師を迎えることで、ようやく日の目を見ることが出来ます。
それからお孫さんのアリス君の演奏もなかなかのものでした。
将来が楽しみですな。」
「ああそうだな、この度紹介したジョージ君に師事しておりましてな。
男性の多い音楽の世界に入るためには個性的な演奏者もよいと思いまして、彼に教わることにしたのです。」
「なるほど、よくわかりました。
ところでショージ先生はどちらの音楽家に師事を?」
「ランベルク氏ですよ。
今や彼は貴族学院の音楽の教師をされているとの話だ。」
「なんと、そうでありましたか。
しかし変わった演奏をされる方ですな。
それでいて技術的には申し分ない。」
「アリスへの教え方も、始めはしっかりと譜読みをして、忠実に演奏ができてから、自分の解釈でアレンジをしているのです。」
「そうですね。
アリス君も演奏の基本を守りながら、独自の演奏スタイルを持っているようですな。」
アリスのここ1か月の奮闘ぶりを知っているので、校長の言葉は素直に嬉しかった。
「さて、ジョージ君の給金について相談がある。
実は私が彼のパトロンをすることになってだね、彼の学校での給金は私が寄進しようと思う。
毎月1,000Gを考えているが、いかがかな。」
「それは願ってもないことです。
これで一人前の教師の給金を出すことが出来ます。
では学校からは200G上乗せして毎月1,200Gを彼の給金としましょう。
それでも貴族の教師に比べれば安い方ですが。」
「いいや、それでいいだろう。
ランベルク氏からも身を立てる支援を頼まれておるからな。
ここから先は自分で切り開いていかなくてはならないだろう。」
「ええ、わかりましたとも。
未来ある若者にこうして機会を与えてくださるとは、素晴らしいことです。」
「ああ、才能は使ってこそだからな。
アリスやカイル、サラもここで学んだことを基に、将来活躍する人間に育ってほしいものだ。」
「もちろんですとも。
先生が増えたことで、より教育の質が高まりますので。」
「それでは、子どもたちをよろしくお願いいたします。」
教室に入ったアリスとサラは、皆の注目の的だった。
ピアノを弾いたアリスはもちろん、可愛らしい丸襟のついたワンピースに身を包んだサラも、注目の的だった。
コレット・コレクションの一作目、子供服の披露も兼ねていた。
「この服、可愛いわね。
お母さんが作ったの?」
「いいえ、これはコレット様が作ってくださいました。
とっても動きやすいのよ。」
サラも鼻高々だった。
アリスは初めて人前でピアノを演奏して喜んでもらえたこと、何よりもそれがうれしくて、もっといろいろな曲に挑戦したいと思った。
「ジョージ先生の『きらきら星変奏曲』もいつか弾いてみたい。
私もあんな風に人を夢中にさせる演奏がしてみたい。」
「ええ、できますとも、アリスお嬢様ならば。」
サラの言葉を聞いて、はっとした。
「ねぇサラ、学校ではお嬢様ではないのよ。
私のことはアリスと呼んで頂戴。
そうでなければみんなが私のことを『お嬢様』と呼ぶわ。
せっかく一緒に勉強をするのですから、お屋敷とは違うの。
私はお友達と一緒なのよ。」
同じクラスの子どもたちが「アリス」と言って声をかける。
そこには何の躊躇もなかった。
「アリス」とサラが遠慮しがちに言うと、
「なあに、サラ。」とアリスは笑顔で答えていた。
カイルにも同級生の友達ができたようで、一緒に校庭を元気に走り回っていた。
その様子を見た私は、ほっとしていた。
家の事情を知る者はいないのだけれども、どこかで反感ややっかみに会うのではと心配していたからだ。
「さあ、私も頑張らないといけないわね。
サラの服、とてもよく似合っていたわ。
同じデザインの子供服と、少し大きくなったお姉さん向けに作ってみようかしらね。」
私も創作意欲を刺激されたらしい。
家に帰ってデザインをしたくなった。
私は子供たちの様子を見送り、父とともに帰路についた。