告発のメヌエット
第29話 証拠
エリックは帝都の運送業組合に預けられていた「かわいそうな馬」とビックスの荷台を引き取った。
ケイトの手続きが終わり、新たな主人を得た馬と、組合の倉庫に眠っていた荷台を運ぶためだ。
「あんちゃん、俺が面倒を見ていたんだ。」
組合で馬の世話をしている小姓がエリックに駄賃をせびった。
「いいだろう、ハイマー商会の大旦那様がお前には特別に駄賃を預かってきているからな。」
そう言って小銀貨5枚を手渡した。
「すげえよあんちゃん、俺、こんなにもらっていいのか?」
「ああ、大旦那様が『優しい子もいるものだ』と褒めていたからな。
遠慮なくもらっておけ。」
「うん、ありがとう。
今度商会の馬が来た時には俺がちゃんと面倒を見てやるよ。」
「ああ、頼んだぞ。
そうだ、ついでに聞いてもいいか?」
「うん、俺の知っていることならなんでも話すぜ。」
「この荷馬車なんだが、ここに預けられた経緯を知っているか?
例えば誰に頼まれたとか、どこから引き取ったとか。」
「それなら、巡回警備の隊長さんって親方が言ってたぞ。
ダイス先生のところに空の荷馬車があるから組合で預かってくれって。
荷物を帝都まで運んで、そこから依頼人にところへ運ぶときに、
荷物の入れ替えが大変だから、荷馬車ごと借りて運ぶときもあるぜ。
そんときゃ空の荷馬車を引きとっておけば、
後で持ち主が取りに来て、手間賃をもらえるんだ。」
「ほう、それじゃこの荷馬車は持ち主が現れなかったんだな。」
「そうさ、荷台をつなぎっぱなしじゃ馬がかわいそうだから、荷台から外して馬の面倒を見ていたんだ。
ビッグスという親方が帝都にいるから取りに行くはずだって。」
「でも結局取りに来なかった。」
「どうせ飲んだくれて忘れちまったんだろうと思ったけどよ、ずっと取りに来ないんだよ。
こいつが捨てられちまったかと思って、かわいそうになってな。
おいらが面倒を見ていたんだ。」
「そうか、それはいいことをしたな。
それじゃこいつは引き取っていくぜ。」
「ああ、元気でな。
ちゃんと飯食うんだぞ。」
小姓は馬の鼻先を軽く撫でてそう言った。
商会に戻ったエリックは、早速荷馬車を点検した。
「馬の健康は良し、特に変わったところもないな。
今日からここがお前の家だ。
安心していいぞ。」
馬を荷馬車から解放して厩に連れて行き、十分に水と飼葉を与えて休ませた。
「お次はこれだな。」
そう言って荷馬車に不具合がないか点検していると、
ダッシュボードの隙間に何かが挟まっているを見つけた。
「なんだ、これ。」
注意深く見ると、封筒が差し込まれていた。
今にもちぎれそうだったので、注意深く引き出し、そのまま執務室へ持って行くことにした。
私は父とコレットブランドの販売方法について父と打ち合わせをしていた。
そこへトーマスとエリックが入ってきた。
「旦那様、荷馬車の引き受けをしてまいりました。
先ほど荷馬車を点検していた時に、この封筒を見つけました。
ダッシュボードの隙間に挟まっていたのですが。」
そう言って白い紙に乗せられた封筒をテーブルの上に置いた。
その封筒には封がされておらず、手で簡単に開けることが出来た。
中には折りたたまれた紙が1枚入っていた。
「これは……!」
中身の紙はカミルがビッグスに宛てた指示書だった。
「これはすごいものが出てきましたね。
おそらくビッグスは身の危険を感じて指示書を隠したのではないでしょうか?」
「ああ、そうだろうな。
そのままおとなしく支払い指示書を受け取っていれば、彼に身の危険はなかったのだろう。
何のためにカミル君に会おうとしていたのか。」
「ビッグスとは仕事以外でも交流がありましたから。
この異様な取引に何かを感じて、カミルに知らせようとしてくれていたのではないかしら。
付き合いの良い友達でしたので。」
「きっと、そうだろうな。」
「依頼主としては、証拠を残すわけにはいかない。
かと言ってビッグスとここでもめるわけにもいかない。」
「ビッグスはこの取引の証拠を残そうとしたのね。
あとでカミルに伝えるために、伝票を隠してやり過ごそうとした。」
「結局奴らはビッグスを監禁して伝票の在りかを吐かせようとしたが、
ビッグスは言わなかった。」
きっとビッグスはひどい目にあったに違いない。
そう思うと悔しさがこみあげてきた。
「この荷馬車が預けられた経緯を追えば、依頼主に辿り着けるのではないかしら?」
「それなら、運送業組合の小姓がこう話してくれました。
なんでも巡回警備隊の隊長から、空の荷馬車があるから引き取ってくれと依頼があったそうです。」
「巡回していた兵士からの報告があったのでしょうね。
それでその荷馬車はどこにあったのかしら?」
「ダイス先生の診療所だとか。」
「え?」
私は思わず声を漏らした。
ダイス先生はカミルの死の真相を教えてくれた先生なので、仮に大麻の取引だとしたら、関わる方が不自然だ。
でも空の荷馬車が「ひとりでに」移動するのもおかしい。
「巡回警備隊の隊長と言えば……?」
「カザック子爵家の次男、ミハイル殿だ。
だが彼とこの件は無関係に思えるが。」
「カミルの時には強引に私たちを納得させようとしていたわね。
それはカミルの死の真相を知っているからではなくて?」
「なあコレット、考えすぎだ。
憶測で物を言ってはいけないよ。
その判断をするためにはもっと情報が必要だ。
仮にも彼はこの街の治安の維持にかかわる仕事をしているではないか。」
確かにそうだ。
巡回警備隊は歓楽街ではパトロールをして大麻中毒者の保護をしているのだ。
大麻の元締めであろうはずもない。
「それに、ダイス先生も庶民のために医療費を安くしている、なかなかの御仁だと聞いております。
大麻中毒者の治療にも当たっているのでは?」
「そうですね、収容所の患者の管理は、ダイス先生が往診して行っていますので。」
荷馬車はダイス先生の診療所の前にあった。
依頼主はそこで荷馬車を放棄したのか?
「ますますわからないわ。」
私は頭を抱えていた。
「今日はこの事件の物証の一つが思わぬ形で手に入ったんだ。
これで良しとしないか?」
「そうですな。
相手に揺さぶりをかける口実にもなりますので。」
「我々商人は、剣を持って戦うことはできないが、自分に有利に交渉を進めるために材料を集めるものだ。
これは有効な武器ではないのか?」
「おっしゃる通りです。」
私にはこの封筒は真実を知る手掛かりとして、ビックスやカミルに託されたのだ。
そう思えてならなかった。