告発のメヌエット

第30話 猜疑


 エリックの報告を聞いた私はダイス先生の診療所を訪れることにした。私は直接話を聞いて確かめてみたいと思った。

 彼はカミルの死の真相を話してくれたが、なぜそれをあえて話す必要があったのか。

 ダイス先生は信頼できる医師のはず。
 それなのになぜ、あの荷馬車は彼の診療所の前にあったのか?
 私はただ混乱するばかりだった。

 診療所の扉を叩くと、すぐにドアが開いた。

「おや、コレットさん。どうしましたか?」

 ダイス先生は、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。

「少し、お話をしたいのですが……よろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんです、どうぞ。」

 診療所に入ると、独特の薬草の香りが鼻をくすぐった。
 机の上には、何冊もの医学書が開かれていた。

「すみません、ひどい臭いでしょう?」

「先生、お薬の研究中でいらっしゃいましたか?」

「ええ。麻酔薬を作ろうと思いましてね。鎮痛作用もある薬なのです。」

「先生……これは?」

「ああ、それが今回の材料。医療用の『大麻』です。」

「ご存じですか?
 大麻には本来、鎮痛作用があるのです。
 外科の手術では不可欠ですし、大きな手術では吸入させることで麻酔薬になります。」

「ここで先生がお作りになっているのですね。」

「ええ……。
 もちろん、きちんと届け出をして、厳格に管理されたものですがね。」
 先生は静かに言った。

「私も、医療目的でごくわずかに使用しています。
 苦しむ患者を少しでも楽にするために。
 もちろん薬としてですがね。」

 私は、診療所の一角に置かれた大きな木箱に視線を向けた。
 船便で使う、私にとっては見慣れた箱だった。

「先生、交易品を使っていらっしゃるのですね。
 これはどちらから?」

「インドからの……製薬用の薬草や綿織物です。」

 先生の声はどこか慎重に選んだような口調だった。
 それなのに目を伏せたのはなぜ?
 どうしてそんなに動揺するの?
 少しの沈黙の後、先生は小声で言った。

「コレットさん、あまり深入りしないほうがいい。」

「なぜですか?」

 先生は首を横に振り、

「……ただの忠告です。」

 私はゆっくりと頷き、それ以上聞くのをやめた。
 先生はまるで言い訳のように話していた。
 私に「疑ってほしくない」と言っているかのように。

 本当は何か言いたいのだろう。
 しかし私には言えない事情があったのだろうか。
 カミルの検死の時にも同じようなことを言っていた。

「先生は、収容所の大麻中毒患者のために、往診をなさっているそうですね。
 とても立派なお仕事をされているのですね。」

「本当にそうでしょうか?」

 先生は控えめに呟いた。

「ダイス先生は長年、庶民のために尽くしてきました。
 今でも街のために働いているのではなくて?」

「罪滅ぼしでしょうか……ね。」

 ダイス先生は何かを言いかけたが、寸前で飲み込んだようだった。

「先生、それは……?」

「……いえ、なんでもありません。」

 先生は静かに微笑んだが、その表情には陰が差しているように見えた。
 あとは察してと欲しいと言わんばかりだった。

「先生、お忙しいのにありがとうございました。
 何かお悩みでしたら、私共を頼ってください。
 きっとお力になれると思いますわ。」
 
 診療所の扉に手をかけたとき、背後で先生が何かを言いかけるのが聞こえた。

「コレットさん……いや、やめておきましょう。」

 先生は、まるで「それ以上話せない」と言うかのように、静かに微笑んだ。

 私は挨拶をして診療所を後にした。
 ダイス先生は……本当にいい人なのか?

 たとえそうだとしても、やはり何か事情があって隠しているに違いない。
 先生も、誰かに助けを求めたかったのではないか?
 もしも何か問題を抱えていて、一人で立ち向かっているのなら……。

 私は、それを見逃してしまうのか?
 カミルのときのように……。
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