告発のメヌエット

第43話 密約


 私はトーマスとエリックを伴って、貴族の子女の通う「聖カトレア学院」に来ていた。
 学生主催の交流会のスポンサーとして、資金援助の話とともに、主催者であるアイリス皇女殿下との面談が目的だ。
 その中でコレットコレクションの販売や、お披露目のランウェイの企画などを持ち込むことにした。

 さらに私にはアイリス様にお願いしたいことがあった。
 それは庶民の地域医療向上のために寄付を募る許可を得るためだった。
 皇族の社会活動として、特に女性皇族による社会福祉や公衆衛生などの活動が、代々引き継がれているためだった。

 学生会館の執務室に通された私たちに、お茶がふるまわれた。
 まもなく会長のアイリス皇女が来るとのことだった。

「意外に質素なところなのですな。」

「ええ、そのようね。
 学生なのだから、ここでは話し合いができれば十分ではなくて?」

「そのようですな。」

 ほどなく学院の制服に身を包んだアイリス皇女が現れた。

 私たちは立ち上がり、礼をして、

「お初にお目にかかります、ハイマー商会のコレットでございます。
 本日は商会の執事を伴ってのお目通りをお許しください。」

「ええ、かまわなくてよ。
 むしろお礼を言うのはこちらですわ。
 ランベルク先生の紹介で、ハイマー商会と仲良くなれるなんて、願ってもないことよ。」

「恐れ入ります。」

「今日はパーティーのイベントと出店の許可だったわね。
 話は聞いているわ。
 それでどのようにしていくのかしら。」

「わたくしからお話させていただいてもよろしいですか?」

「ええ、お願いするわ。」

 私は商会で打ち合わせした内容について、アイリス皇女に説明した。
 特に姿見と試着室、そこにつながるランウェイについてはとても興味を持った。

「いいわね、ここには貴族の子女が集まっているの。
 当然幼いころから婚約者がいて、男女の意識が強い方も多いのよ。
 女の子としては、きれいなドレスに身を包んで、殿方に『かわいい』って言ってもらいたいものでしょ?
 それをほかの人にも自慢したくなるものよ。
 女の子は欲張りだからね。」

「ええ、そうですね。
 アイリス殿下にもわたくしがデザインしたドレスを身に着けて、ランウェイを歩いていただきますね。」

「そうですね……えっと、ジョージ君は来るのかしら?」

「ランベルク様の弟子の『ジョージ君』ですか?」

 今をときめく話題のピアニストは、姫様までも射止めていたのか。

「そうですわ、今回のパーティーにはぜひジョージ君をと、『私が』ランベルク先生にお願いしたのですから。」

「彼には一番よく見える席をご用意いたしましょうか?」

 トーマスが尋ねた。

 アイリス皇女は少し照れながら下を向いていた。

「彼にはステージ衣装を身に着けて、アイリス様と一緒にランウェイを歩いていただきましょうか?」

「え、でもぉ……。」

「このパーティーの主催者であるアイリス皇女が、ゲストのピアニストである『ジョージ君』をお披露目するという形にすれば、変な噂にはなりませんし、それこそ自然に隣に立つことが出来ますよ。」

「そんなぁ……。」

 うれしいやら恥ずかしいやら。
 やはり皇女も「女の子」らしい一面があるのだな。
 これはもう、お姉さんとしては応援するしかないわね。
 
 アイリス皇女は手をたたいて、従者のポールを呼んだ。

「是非、『ジョージ君』の衣装はお願いしますわ。
 お代はこれでいいかしら。」
 
 ポールは金貨を数枚テーブルに並べた。
 私はそこから1枚だけいただき、

「これで十分です、承りました。」

「あら、欲がないのね。
 商人は取れるときにお金を取るものだと聞いていたわ。」

「わたくしの手間賃としては、これで十分なのです。
 デザイナーですので。」

「そうね、それではよろしくね。
 デザイナーさん。」
 
 私たちは、互いの目的のために握手を交わした。


「アイリス様、折り入ってお願いがあるのですが。」

「ええ、聞きましょう。どんなお話なのかしら?」

「アイリス様が国民の保健や公衆衛生についてお仕事をされていると伺っているのですが、街の診療所についてお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「……聞きましょう。」

「街の診療所は、ダイス医師によって運営されているのですが、庶民にも分け隔てのない医療を実現するためには資金援助が必要です。
 わたくしも使用人のけがの時にお世話になったのです。
 志は立派なのですが、実現するためには資金が必要です。」
 
 アイリスは少し沈黙し、ゆっくりと話し出した。

「彼はオルフェ侯爵の孫の往診を断って、治療院をやめたと聞いていますが?」

「その後、オルフェ侯爵様の援助を受けて、市街地で診療所を開いております。」

「変ねぇ、辞めさせておいてまた雇うなんて、オルフェ様の気まぐれかしらね?」

 そう言って明らかにこちらの反応を見ていた。
 先ほどの少女らしさから一変し、こちらを観察するかのような目で見ていた。

「人払いを、ポール、お兄様を呼んで来てちょうだい。」
 
 アイリスに付き従っていた者たちは一斉に退室した。

「そんなに緊張なさらなくてもよろしくてよ。
 ここは学院ですので、ここでの話は外に漏れません。
 安心して話をしてもいいのよ。」

 ほどなくしてクリス第二皇子殿下が従者とともにやって来た。

「初めまして、ハイマー商会のコレットと申します。」

「クリスだ、単刀直入に言おう。
 エダマの代官であったカミル氏の奥方で、間違いないな。」

「その通りでございます。」

「私も密偵を通して貴女のことは聞いている。
 実は私はオルフェ侯爵の不正を捜査しているのだ。
 大麻に関する汚職をしていると密告もあってな。
 しかし証拠がない。
 実際に何をしているかがこちらでは把握できていないのだ。
 密輸品が帝都に持ちこまれたことを密告したのは、ほかでもない、カミル氏だったのだよ。」
 
 私は夫の最後の手がかりを得てうれしかったのだが、このことで夫が狙われたのだと、確信した。

「コレット夫人よ、すまなかった。
 もう少し我らが早く動いてさえいれば、夫は死なずに済んだのかもしれぬ。」
 
 そう言ってクリス皇子は頭を下げた。

「国のために尽くした忠臣を、このような形で失ったことは、私にとっても悔しいことなのだよ。
 エダマの街を中心に直轄領として、ラタゴウから分離する案を進めていたのだが、残念なことになった。」

「いいえ、殿下は夫を取り立てていてくれたのですね。
 ありがとうございます。
 夫はこんなにも信用されていたと知ることができ、うれしく思います。」

「それだけに、彼の無念を晴らそうと思う。
 それこそが、私が追っているオルフェ侯爵家の汚職につながることであるからこそ、成し遂げなければならない。」

 夫の味方がいたことに感謝する一方で、エダマの街の権益を巡る勢力争いに巻き込まれたのだということがはっきりした。

「我らも密偵を使って、オルフェ家の動向を探っているのだが、一向に手口がわからないのだ。
 貴族側からは……な。」

 その言葉には、一向に進まない捜査へのいらだちと、私たちがもたらす情報への期待が見て取れた。

 クリス皇子はそう言いい、お茶を飲んで一呼吸置いた。

「私にピアノを贈ってくださったのも、カミル代官がハイマー商会を通じてなされたことと伺っておりますわ。」

「ええ、その通りです。」
 とトーマスが返事をした。

「本当に惜しい方でした……。」

 アイリス皇女もうつむいていた。

「そこでだ、我々も情報が欲しい。
 私の密偵と情報を交換してほしい。」
 
 そう言ってクリス殿下は、一人の男を紹介した。

「ノールだ、彼は私専属の諜報員だ。
 今後彼と連絡を取るのは?」

「エリックと申します。
 ハイマー家の使用人で、護衛もしております。」

 私たちは今まで得た情報を交換しながら整理した。

 この会談で、エダマの街を皇族の直轄領にして、カミルが領主として治める計画があったことが分かった。
 そのためオルフェ侯爵がそれを良しとせず、ラタゴウの領主に資金援助の代わりにエダマの街を掌握するよう指示し、簒奪に乗り出した。

「カミルは兄アルベルトのところへ相談していました。
 もともと兄からの事案でしたので……。」

 いや、兄は知っていた。私たちの離婚もカミルの死すらも。

「オルフェ侯爵家は交易品として大麻を持ち込んでいたのなら、港を治めてしまうのが、一番都合がいい。
 誰にも不正はわからなくなるのだから。」

「実際にどのようにして帝都に運び入れたかが謎だったのだが、カミル氏がそれを示唆したのだよ、密輸の手口を。」

 ビッグスがカミルに伝えたかったこと……これこそが彼が行方知れずになった原因であったのだろう。

「コレット夫人、気を悪くなさらないでね。
 私はキャロル嬢から聞いていたの。
 カミル氏が離婚して、そのあとに嫁いでエダマの街を一緒に治めるのだと。」

「!!」

「しかしカミル氏は死んでしまったから、領主の息子を『かわいがりに』行くって。」

 私たちの離婚すら、利用されていたのね。
 だからあんなに不自然なことが起きたのだ。

 私はようやく全貌を知ることが出来たが、知らない方が幸せだったかも知れないと思った。

「わかりました。今後の打ち合わせは『馬車馬』で行うことにしましょう。
 昼間の酒場にはだれも来ませんから。」

「よいな、ノール。
 この件は彼らと協力し、『馬車馬』を拠点とする。
 今後も報告を続けよ。」

「御意。」

 半ば放心状態だった私に、アイリス様が優しく声をかけた。

「コレット・コレクションの成功をお祈りしますわ。
 微力ながら私もお手伝いするわ。
 よろしくね、デザイナーさん。」

「ええ、もちろんですとも。」

 私は次の面会の約束を取り付けて、学院を後にした。

「いろいろと分かって来たわね。お父様とも相談しなくては。」

「そうですな、旦那様にもお話して、今後どうされるか伺いましょう。」

 トーマスは静かに答えた。

 ねぇカミル、そういうことだったね。
 あなたは私を愛していた。
 もちろん子供たちも。

 だから知られるわけにはいかなかった。
 離婚の本当の意味と貴族たちの陰謀を。

 私たちが離婚しても、安心して暮らせるように、この件から遠ざけていたのね。
 たった一人で、立ち向かって。
 誰にも言えなかったのでしょうね。
 
 カミルの苦悩を思うと、胸が苦しくなった。
 額の傷はすっかり癒えたが、心には拭えることのない後悔が残っていた。
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