告発のメヌエット

第45話 奮闘


「コレットよ、ますます初回のデビューが人を引き付けるものでないとならないな。
 首尾はどうだ?」

「ええ、アイリス殿下直々に注文をいただきましたので、さっそく取り掛かりますわ。」

 私のそんな様子を見て、父は満足げに笑っていた。

 私は部屋にこもって、アイリス様のドレスを手掛けていた。
 可愛らしい一面と、それに似合わぬ冷静さを持ち、的確に心を射抜く才女。

「いっそのこと仕事着に近い方が、スタイリッシュな彼女を引き立てるかしら?」

 華やかな生地にフリルとリボンのドレスもいいが、そんなものはたくさん持っているに違いない。
 そう言う可愛らしい姿なら、見慣れている。
 きっと彼女なら、どのような服も、着こなしてみせるのではないか。

 交流会の主催者として、特別感があり、それでいて清楚さを失わないもの……。

「聖職者のローブね、それを基にデザインを起こしてみましょうか。
 タイトルは、そうね……『聖女』なんてどうかしら。」
 
 英雄譚に出てくる心優しき聖なる乙女。
 国民のため、保健衛生に尽力している皇女ならではのスタイル。
 華美なドレスではなく、動きやすく、質素で清潔感がありつつも、どこか神秘的な雰囲気を持つスタイル……。
 これが、私が見たアイリス皇女殿下の姿だった。

 実際に街を見て廻ることもあるようなので、まさしく仕事着をデザインすることが、ちょうどよいお披露目になるに違いない。
 彼女の仕事ぶりを評価してもらう一助となれば、きっと役に立つだろう。

 ハイマー商会の仕事着をベースに動きやすい服装を考える。

「まぁ、頭からかぶるジャンパースカートは庶民的すぎるわね。」

 私はあれこれと悩んだ。何もスカートにこだわらなくともよいではないか?

 動きやすく機能的なスタイル……パンツスタイル!
 女性でも乗馬の時にはパンツスタイルではないか。

「一見するとスカートのような幅の広いパンツとチュニック、そうね、左右非対称にして、左肩にボタンを付けて……。」

 丸襟のブラウスに赤いひも状のリボン、白を基調とした清楚なチュニックとワイドパンツ。
 そこにマントを付けた「聖女」スタイルができた。

「イベントの主催者で、そののちは庶民の生活を見守る聖女様的なスタイルね。
 可愛らしいワンポイントもある。」
 
 そうなると「ジョージ君」の衣装も騎士風か、聖職者風のデザインがしっくりくる。
 私はイメージからスケッチを仕上げた。

「二人で並ぶと、まるでおとぎ話の世界から飛び出したようね。」

 ジョージ君の衣装はその後の「馬車馬」でも活用できそうなものだった。

「これは女性たちが放っては置かないわね。」

 私は早速二人の衣装の制作を始めた。

 私が作るものは、注目を浴びなければならない。
 羨望、憧憬、人々が見る夢の世界、そう言ったものを体現するもの。
 二人に用意するものは、そういった性格のものだった。
 
 ようこそ夢の舞台へ。
 私はステージに並ぶ二人の姿を思い描いて、思わず微笑んでいた。


 夕方、ジョージ先生はアリスのレッスンのために我が家を訪れた。

「さてアリス、モーツアルトの『猫』は捕まえることは出来たかい?」

「ええ、私なりの猫みたいな演奏を考えてみたのですが……。」

「早速聞かせてくれるかい?
 アリスのモーツアルト『猫みたいなピアノソナタ』をね。」

 アリスは早速練習の成果をジョージ先生に披露した。

「うん、いいね。
 この第2主題のところ、左手の演奏を少しずつ小さくしているのはなぜだい?」

「『猫』が息をひそめて何かを狙っている様子を表してみました。」

「なるほど、そう言う解釈で弾くとこうなるんだね。
 それじゃ、次のテーマの提示部の左手の演奏は、思いっきりアクセントをつけると対比が出て面白くなるね。」

 そう言ってジョージ先生はピアノを弾きながら、アリスに見せていた。

「ここはどういう解釈なの?」

「そこは、遊んでいるうちに高いところに登ってしまって、意を決してジャンプして降りるところです。
 そして無事に着地して、元のテーマに戻るのですが、前よりも少し気持ちが成長しているので、高い音に調がスライドしています。」

「あはは、さすがに僕は思いつかなかったよ。
 いいね、そういう発想も面白いよ。
 でもしっかり練習したんだね。
 素早い演奏もちゃんとテンポに乗ってリズミカルにできている。」

「ありがとうございます。」

「後はアリスのイメージに沿って、緩急をつけたテンポを意識すれば、もっと面白くなるね。
 学院のパーティーまでには仕上げられるかい?」

「ええ、頑張ってみます。」

「期待しているよ」と、ジョージ先生はアリスをほめていた。
 

 私はピアノの稽古が終わるのを見計らって、二人に声をかけた。

「衣装の仮縫いをしたいので、少し待っていてくれるかしら。」

「お母様、もうできたのですか?」

「ええ、イメージが膨らんで、服を作りたくなったのよ。
 それから早く形にしてみたくなってね。」

「コレット様も、芸術肌だったのですね。
 アリスにもしっかり引き継がれている気がします。」

「そうなのね、自分では気付かないもののようね。」

 私はアリスと目を合わせて笑っていた。

「ではジョージ先生、こちらを着てみてください。
 イメージは聖女を守る神殿騎士と言ったところかしら。」

「これは……?」

 白を基調とした上着には肩章が付き、帯状の装飾が入り、ダブルのボタンがついたスーツ姿だった。

「えっと……まぁ、先生もこういう格好をして舞台に立てば、きっと映えるんだろうなって。」

「先生、かっこいいですよ。」

「女の子はね、こういう格好の皇子様に守られてみたいものなのよ。」

 細身で知的な印象のジョージ先生には、体型を生かしたスマートなスタイルの方が似合っていた。

「ほぅ……これはいいですね。」

 姿見を見たジョージ先生は、まんざらでもない様子で姿見に見入っていた。

 アリスにはAラインのワンピースで少し大人っぽい雰囲気、それでいて可愛らしいふわっとした袖と、中央には帯状の装飾を付けた。
 身に着けてみると、こちらも神殿に仕える少女のようないで立ちだった。

「お母様、先生が神殿騎士で、私は従者のような格好だけど、誰に仕えているの?」

「それはね、この街の人々の幸せを願う聖女さまに……かしら?」

「ふふっ、そうなのね。」

 私とアリスは、衣装を着て満足げなジョージ先生を見ながら、いたずらっぽく笑っていた。
 
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