告発のメヌエット

第52話 焦燥


「これよりカザック子爵家の次男、ミハイルを先の戦争での人道に関する罪によって捕縛する。
 また、実際に犯行を行ったとされるカザック子爵家の私兵どもも一斉に捕縛する。」
 
 人道に関する罪——戦争を理由とし、罪のない者たちに対し非人道的な行いをすること。

「これはわが国だけの問題ではない。
 この件によって国際的に、我が国に向かって嫌疑がかけられているのだ。
 だから我々の手で必ず下手人を捕らえ、国際法廷へ引き出さねばならない。」
 
 クリス皇子が騎士団に対して訓示を述べた。
 帝国にとってもクアール人の虐殺という汚名を着せられ、名誉挽回のためにも必ず成し遂げなければならなかった。

 続いて騎士団長が壇上から檄を飛ばした。

「栄えある帝国の騎士団に、汚点が一つ生まれた。
 我々の身内からである。
 これはなんとしても名誉の挽回のため、成し遂げなければならない。
 出来ぬ時は、我が国は蛮族と同等と世界から誹りを受けるであろう。」

 クリス皇子が号令をかけた。

「我ら帝国の未来のため、必ず成し遂げようぞ。
 出陣!」

 馬車馬にいたトーマスたちは、地響きのような隊列の移動する音を店内で聞いていた。

「何かあったですかね?」

「さあ? 草がなびいたのではないのか?」

 カウンターのオーエンもその話には興味があった。

「あたしゃそろそろだと思ったよ。
 『エデン』の客足が途絶えたって話だ。
 この前のノールの情報で確証を得たんじゃないのか?」
 
 バーバラは先日の残りのグラッパを飲みながら、

「ほら、お前さんたちの勝ちだよ、ミハイルと手下が捕まるんだ。
 これでようやくここも平和になるってもんさ。
 使い捨てでみじめな生活を送る女がいなくなるって、そりゃいいことだろう。」
 
 『エデン』の周りには人だかりができていた。

「ミハイル=カザックと、その一味であるカザック家の私兵どもを逮捕する。
 決して反抗するではないぞ。
 国際刑事機構からは『生死を問わず』とされているのだからな。」
 
 これを聞いてミハイルは、おとなしく騎士団の誘導に従い、帝都の監獄にその身を拘束された。
 また、犯行を行った手下はそれとは別の収容所に収監された。

「ミハイルよ、どうしてここいるかはわかるな。
 先のクアール人との戦闘で、お前は強盗と殺人、さらに放火とおよそ人とは思えぬ所業を手下どもと共謀したのではないのか?」

「ああ、それがどうした、戦争だろう?
 何がおかしい。
 あの家はその街の有力者の家だった。
 戦略的にも有力者をつぶしておいて損はない。
 事実我々は勝利したのだ。
 武勲を上げて逮捕されるとはね。」

「お前はその時に逃げた少女を知っているな?
 ニナという娘を。」

「ああ、それがどうした。
 あいつは口がきけないんだ。
 証言を得ようとしても無駄だぜ。」

「あの娘の家族がクアール人の代表を通じて国際法廷に訴えたのだ。
 もはや我が国の問題だけでは済まないのだ。」

「家族は皆殺しにしたはずだが。」

「!」

 クリス皇子は許されるならこの場で処刑したいところだが、ぐっとこらえた。

「お前の認識の甘さには、本当にあきれる。
 いいか、クアールの民にとって家族とは、叔父、叔母、従妹、その子供、甥、姪を含んだ血縁を『家族』という。
 結束力が強いのだ。
 我らも争いはしたが、今や我が帝国の国民である。
 ゆえに誠意を示さねばならない。」

「それで、俺の逮捕が誠意なのだな。」

「そうだ、お前の父のカザック子爵も、保健省大臣のオルフェ侯爵も同意のことである。」

「!!」

 ミハイルはそのあとは放心状態となり、終始無言だった。

「なぁ、取引をしようじゃないか。
 俺はお前をここで処刑しても罪には問われない。
 しかし、国際法廷に送り届けるという使命もある。」

「それで、俺に何を言えと?」

「もしもお前がオルフェ侯爵なら、お前をどうすると思う?」

「それは……。」

 ミハイルは身震いをしていた。

「何もやましいことが無ければ何もないだろう?
 どうだ? 何を知っている?」

「いや、これ以上は話さない。」

「俺ならきっと、『秘密を守るために刺客を差し向けて来るのではないか」と思うぞ。
 我に縋れ、助力を請え。
 そうすれば命だけは守ってやるぞ。」

「本当だな?」

「ああ、約束しよう。」


 しばらくの沈黙の後、ミハイルは話し出した。

「我が一族がオルフェ侯爵家に仕えていることはご存じであろうか?
 我らはいわゆる暗部の世界の担当だった。
 我らには『エデン』という諜報の場が与えられ、そこで相手の弱みを握るために使われたのが、大麻から作られた『リキッド』だった。」

 クリス皇子は慎重に尋ねた。

「その材料はどこから?」

「当然その材料となる大麻が必要になった。
 そこで、乾燥大麻を貿易品と偽って輸入し、運送業者も厳選し、上手くやっていたんだ。
 しかし、ラタゴウ領主のアルベルトがオルフェ侯爵に取り入った。
 エダマの利権を得る代わりに、帝都のハイマー商会への借金の返済を、肩代わりしてくれと頼んだのだ。」

「ほう、そんな話が。」

「ちょうど皇子が軍事施設を立てた頃だ。
 エダマを直轄領とすると宣言したころだよ。
 このままでは悪事がすべて明るみになってしまう。
 そう考えてエダマの街を奪ったのさ。」

「しかし国の重要事項だぞ、どうやってそんなことが。」

「領主を丸め込んだのさ。
 なんでもカミルを離婚させ、その後にキャロル嬢を嫁がせることで、実質的に支配しようとたくらんだ。」

「しかしカミルは死んだ。」

「ああ、あのニナって娘が殺したのか、真相はわからない。
 しかしここで計画が大きく狂った。」

「では、本当はカミルを殺そうとはしていなかったのだな?」

「ああ、でもあいつの正義感とやらのおかげですべてが狂った。
 こともあろうにそのことをあんたに言ったろう?
 だから口封じをされることになった。」

「!!」

「とまあ、こんなところだ。
 オルフェ侯爵だよ、すべての思惑が一致するのは。
 俺たちはオルフェ侯爵の指示で動いた。
 要人を取り込み、弱みを握る。
 大麻中毒にして、実質的に支配する。」

「しかし彼は保健省の大臣だ。
 麻薬撲滅運動にもかかわっているし、警備隊にも取り締まりをさせていたではないか。」

「もしも、その取り締まりを意のままにできるとしたら?
 押収した大麻をそのまま『持ち主に』返したら?
 取り締まりそのものが無かったことになったら?」

「そんなバカな。
 大臣はむしろ大麻撲滅運動の旗頭だぞ。
 現に中毒患者の収容所も、街の診療所のダイス医師も、みんなオルフェ侯爵家の寄進によって成り立っているんだ。」

「おかしいとは思わなかったのか?
 なぜ大麻が市中にはびこる?
 その密輸ルートは捜査されずに大麻の供給がなされた?
 いつの間にか製薬用の大麻として合法化されている。
 全てを操作できるのは?」

「……保健省大臣、オルフェ侯爵か。
 しかもエダマを手中に収め、密輸を指示していた。
 こういうことなのだな。」

「みんなオルフェ侯爵をいい貴族で、実力者とみているだろう?
 その財源は大麻の密輸とエデンを通じて得た金だ。」

「わかった、今の話を証言できるか?」

「身の安全を保障するなら。」
 
 クリス皇子が監獄を出た後、しばらくして一人の女性がミハイルの様子を確認にきた。

「カザック子爵とオルフェ侯爵からです。」

 そこには『リキッド』とウィスキーの入った小瓶があった。

 しかし、手紙などは添えられてはいなかった。

「……ははっ……。」

 ミハイルは、小瓶に揺れる琥珀色の液体を見つめながら、口元にかすかな笑みを浮かべた。
 だが、その瞳はどこか遠くを見ていた。
 まるで過去の幻影を追うように。

「やっぱり、こうなるのか……。」

 微かに震えた声が、独り言のように漏れた。
 父も、オルフェ侯爵も、自分を見捨てたのだ。

 そう分かっていたはずなのに、心の奥底で、ほんの僅かでも救いを求めていた自分がいた。

「俺に『死ね』と……そう言っているんだな。」

 皮肉と諦めが入り混じった声が、静かな部屋に響いた。

 自分が積み重ねてきた罪、その贖いすら許されぬまま、ただ『駒』として捨てられる。
 それが、最後に与えられた情けなのか。

「侯爵様は俺に『死』を下さった。
 これ以上苦しむことがないように……。
 最後の情け……か。」

 喉の奥から苦笑がこみ上げる。
 だが、その笑みはすぐに消えた。
 
 彼らのためにどれだけ尽くしたか……。
 どれだけ汚れた仕事を引き受けたか……それでも、自分はただの駒に過ぎなかった。

 ミハイルは、小瓶の封を静かに開け、リキッドを混ぜた。
 その手には、もう迷いはなかった。

「……せめて、最後は俺の意志で。」

 彼は静かに目を閉じ、
 己の運命を、ひと息に飲み干した。
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