告発のメヌエット

第53話 舞台


 そして舞台は整った。
 今日の学院祭のために練習を重ねたアリス。
 コレット・コレクションのお披露目のため、尽力してくれたグランとアニー。
 そしてこの機会を確実に成長につなげてくれたお父様やトーマス、エリック。

 多くの人の力が集まりこの舞台があるのだと、私は感謝の気持ちでいっぱいになった。
 
 この機会こそがミハイルやカザック子爵、オルフェ侯爵へと続く復讐の始まりであり、カミルの無念を晴らす道筋でもあった。
 しかしそれを悟られてはならない。
 アイリス皇女の夢の舞台でもあるのだ。

「おはようございます、コレット夫人。
 そろそろいいかしら、舞台袖に集まってくださる?」

「ええ、もちろんですとも。
 アリスも連れて行きますね。」
 
 私は舞台袖に集まっている関係者に挨拶をした。

「おはようございます、今日はよろしくお願いいたします。
 この子が娘のアリスです。」

「まぁ、ジョージ君が言っていたお弟子さんって、コレット夫人のお嬢様だったのね。
 今日は気楽に弾いてちょうだい、コンサートではないから大丈夫よ。」
 
 アイリス皇女はやさしく声をかけていた。

 神殿騎士風の衣装を身に着けたジョージ先生が遅れて入ってきた。
 その姿に私たちの間に小さなどよめきが起きた。

「おはようございます、どうですか?
 コレットさん。」

「先生、かっこいいですよ。
 ねぇ、お母様。」
 
 私たちの会話を聞いても、アイリス皇女は無言でジョージ先生を見つめているだけだった。

「では、アリスちゃん、準備はよろしいでしょうか?」

「ええ、大丈夫です。」

「それじゃ、開場しましょう。
 お客様を迎え入れるわよ。」
 
「今度は皇女様の番ですよ。」
 てきぱきと指示を出すアイリス皇女を、衣裳部屋へ誘導した。

 ステージのピアノの前では、アリスがやや緊張した表情で目を閉じて、手を組んでいた。

「お父様、聞いていてね。
 今日がデビューなの。
 どうか見守っていてくださいね。」
 
 そう小声でつぶやいて、きらきら星変奏曲の演奏を始めた。
 
 会場にいた学院生は少女が弾くきらきら星に、可愛らしい演出と受け止め、和やかな雰囲気で見守っていた。
 演奏が進むにつれて技巧的なパートに入ると多彩な演奏に引き込まれていった。

「子供が弾いているんじゃなかったか?」

 誰もが目を疑うような光景だった。
 その後バッハのメヌエットを少しテンポアップして楽しい曲調で演奏し、最後にモーツアルトのピアノソナタK545を演奏した。

 この曲は最後までつかみどころのない「猫」を表現した、楽しい仕上がりになっていた。
 パーティーの参加者はアリスのピアノの演奏のとりこになり、観衆へと変わっていった。
 
 演奏が終わるとアリスは両手を裾に添えて、深く、丁寧にお辞儀をした。
 一瞬の静寂の後、開場には歓声と拍手が沸き上がっていた。

 アリスが来場者の様子を見て呆然としているところに、アイリス様とジョージ先生が壇上のアリスに声をかけた。

「いい演奏だったわ。
 さあ、これから二人を紹介するわね。」
 
 ジョージ先生がアリスを連れて、ステージ中央に並び立った。
 その姿は神殿騎士とその従者、そして何よりも輝いていたのは二人を率いた「聖女」のアイリス皇女のいで立ちだった。

「皆様、本日は学院祭にお集まりいただき、ありがとうございます。
 まずはこのお二方をご紹介いたしますね。」
 
 そう言うとジョージ先生とともにアリスが会場の客に向かってお辞儀をした。

「先ほど素敵なピアノの演奏をしてくださったのは、アリス嬢です。
 彼女は講師のジョージ先生に師事しています。
 将来はピアノの演奏家になりたいという夢がありますので、皆様応援してあげてくださいね。」

 この様子を見ていた父は、言葉にならない感動と、涙を流していた。

「そして、もうお一方は紹介するまでもありませんね。
 この学院で音楽の講師をしておられます、我らがジョージ先生です。
 ご存じの通りピアニストとしても活躍されております。
 後ほど皆様に腕前を披露していただきますので、お楽しみにしてくださいね。」
 
 私は舞台袖でアリスを出迎えた。
 緊張のため表情は硬かったが、抱きしめると笑顔があふれ出した。

「よく頑張ったわね、とても素敵な演奏だったわ。」

「うん、お父様にお願いしていたから。
 上手に演奏できますようにって。」

「そうね、きっとお父様も喜んでくださっているわよ。」

 メアリーと一緒に舞台袖で聞いていたカイルも、楽しそうに姉の演奏を聞いていた。

「それではただいまより、聖カトレア学院祭を開催いたします。」

 アイリス皇女が高らかに宣言し、学院祭は幕を開けた。

 舞台では学院長の挨拶から始まり、学院の理事を務める貴族や、関係する業者の紹介が行われ、スポンサーとなったハイマー商会への謝辞が述べられていた。

 当然ここには理事であるオルフェ侯爵とカザック子爵も名を連ねていたが、カザック子爵は都合により欠席とされ、オルフェ侯爵が挨拶をしていた。

 貴族や企業にとっては、学院生との交流と将来の人材確保に向けた動きであり、上級生にとってはそれらとのつながりを持つ、重要な機会だった。

 パーティー会場は、そうした意図を持ち者たちの社交の場となり、下級生たちは、様々なイベントで楽しんでいた。

 その一角に、ホワイエで行われるコレット・コレクションのお披露目がおこなわれ、貴族の子女たちの間でも人気のイベントとなっていた。
 特にランウェイでの披露は、婚約者のいない女性が自分を売り込むためにここぞと参加していた。

 コレット・コレクションの新しいドレスに人気が集まると思いきや、ここでも従業員の服装を着て『ハイマー商会ごっこ』が人気だった。
 ランウェイには制服を着た女性が歩くこともあり、それは男性の学院生にも人気があった。

「ドレスは社交場で着る機会があるから、今日はかわいい制服を着たい。」

 そういう女性が多く、意外にも順番待ちが出るほどだった。
 そのためサラも男子学院生に声をかけられて困っていた。
 
 そこへ舞台あいさつを終えた「聖女」がアリスを連れて登場すると、ランウェイの周りは人だかりができるほどの人気だった。

 アイリス皇女とジョージ先生が並んでランウェイを歩くと、ホワイエに集まった人の熱気は最高潮に達し、歓声と拍手に包まれた。

「皆様、この服は、これから私が活動する際に着用する服装を、コレット夫人がデザインしてくださいました。
 それに合わせてジョージ先生とアリスちゃんの服もデザインされ、『聖女と守護騎士』にしてもらいました。」

 この姿はたちまち話題となり、芸術科の学院生による姿絵が飛ぶように売れていた。
 
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