告発のメヌエット

第55話 断罪


「カザック子爵による大麻の密輸及び国内への伝搬、不当に収益を得たことは、国家の根幹を揺るがす重大な事件として扱うのが適当である。
 このオルフェ保健省大臣の名に懸けて、断罪すべきであると具申いたします。」
 
 帝国の最高意思決定会議、御前会議でオルフェ侯爵は保健省大臣として、そして大麻撲滅を進める旗印として、カザック子爵を告発し、断罪しようとしていた。

 先日のミハイルの逮捕を受け、カザック子爵は謹慎処分となっていた。
 帝国の大麻汚染の黒幕であるとの嫌疑がかけられていた。

「オルフェ侯爵、カザック子爵はそなたに仕える側近ではなかったか。」

「はい、ミハイルが実質的に社交場『エデン』を仕切っておりましたので、実行役はミハイルと聞いております。
 カザック氏本人もまた、それによる経済的恩恵を得たり、政敵を陥れる罠として大麻を使った謀略を行っておりました。」

「いわゆる子分に手心を加えるようなことがあってはならんぞ、オルフェよ。」

「承知しております、陛下。
 子飼いの手下であるからこそ、わたくしの手で始末をつける所存です。」

「司法大臣、して、どのような罪状になるのだ?」

「はい、国家反逆を企てた罪に当たります。」

「……それほどか?」

 これには会議参加者からも異論が出た。
 しかし、オルフェ侯爵は法務大臣も買収済みだった。

「大麻汚染はもはや国家で対応しなければならない問題です。
 国民を堕落させ、緩やかに国を崩壊させるのです。
 事実、大麻を『輸入』するために支払われた金額は、もはや一千万Gを超えています。
 これは国の保健事業の予算を優に超えた金額です。」

「なんと、そんなに大きな金額が動いているというのか。」

「はい、私共が調べましたところ、これだけのお金が煙となって消えているのです。
 さらに堕落した国民は家族も崩壊させ、貧困にあえぐことになるでしょう。
 そのため保健省だけではもう対応ができておりません。」

「ここは、決を採るとしよう。
 カザック子爵に国家反逆を企てた罪を適応するのが妥当と思われるものは挙手を。」
 
 これには出席者11人中7人の挙手があった。

 この会議の議決権を持たないクリス皇子も、アイリス皇女も、ただ黙って結末を見ているしかなかった。

 最終的に陛下が判決を下した。

「カザック子爵を捕らえよ。
 爵位を剥奪し、領地も没収。
 さらに国に対して白金貨5枚を納めさせよ。」

「仰せの通りに。」

 かくしてカザック子爵は捕らえられ、皮肉にも息子のミハイルと同じ収容所へ投獄された。


 翌日クリス皇子の元にも調書の複写が届けられた。

 内容はつまり、すべてカザック子爵の私利私欲のために、大麻を密輸し、蔓延させたとある。

 資金源として、「葉っぱ」の製造、販売を行い、『エデン』で行われていた諜報のため、常習性のある液体『リキッド』を使用して人々堕落させていった。
 
 また、ダイス医師には見返りとして診療所の支援を行う代わりに、リキッドの製造を依頼していた。

 なお、偽物の「交易品証明書」を発行させ、診療所に「医療用」と偽って大麻使用の許可を申請させ、これを受理させた。

「これは、カザック子爵一人でここまでのことはできないだろう。」

「うん、そうよね。でもこれには全部ひとりでやったと書いてあるわよ。」

「茶番だ、こんなもの。」

 エダマの港を拠点とした密輸集団を組織し、カミル・ラタゴウの名を騙って取引が行われていた。
 カミル氏と関係の深いビッグス氏がそれに気づき、カミルに通報しようとしたため、大麻中毒にして収容所へ軟禁した。

 カミル氏も自分の名で不正な取引が行われていることに気づき、大麻密輸の可能性を示唆し、クリス皇子殿下へ進言した。
 そのため懐柔しようとするが失敗。
 常習性の高いリキッド入りのウィスキーを使い、人心掌握を行う。

 歓楽街をふらふらと歩いているカミル氏を発見し、『エデン』で殺害し、2日後の7月22日の深夜にルイウ川の川岸に遺体を遺棄した。

「コレット夫人が感じていた違和感は、これだったのか。」

「ええ、ダイス先生も立場上、はっきり申し上げられなかったのですね。」

 さらに先の戦争で孤児となったクアール人少女に客を取らせるなど、非人道的な行いをした。
 戦後のクアール人への差別から、客がどのような行為に及んだかは想像に難くない。
 この少女の受けた苦痛を考えると、罪に問うべきであると具申する。

 以上調書の内容に鑑み、国家反逆を企てたことは明白である。
 これを罪状とし、即刻死刑を言い渡すよう、意見を申し添える。

「国家反逆を企てた……ことになるのか?」

「いいえ、お兄様……なにか、おかしいですわね。
 結果的に国際問題に発展することはあっても、それが『国家反逆』となるのでしょうか。」

「もしも……だ。
 裁判官も買収されていればの話だが……。」
 
 クリス皇子はそのあとの言葉が恐ろしく、声に出すことが出来ないでいた。

「この国を守るのは、正義感ではなく、財力と支配なのですよ、殿下。」

 こう言い放ったオルフェ侯爵の顔が目に浮かんだ。
 
 たとえ王族であっても司法に口を出すことは許されていない。
 王である父上であっても……だ。

 オルフェ侯爵がカザック子爵に何もかも罪を着せ、処刑して幕引きを図ろうという意図が明らかにみえた。

「消される……オルフェ侯爵への追及の道が……。」

 クリス皇子は己の無力さに、悔しさをにじませていた。

 翌日の早朝、カザック子爵の処刑が行われた。
 それは大々的に報道され、大麻に手を染めた者の末路を、保健省大臣の威信にかけて、オルフェ侯爵が喧伝したものであった。

 私たちはあの日の誓いを忘れない。
 あの日の悔しさを、決して忘れない。
 カミルが命懸けで守った、家族の温かな日々のために。

 そう思いながら、公開処刑の様子を粛々と見つめていた。
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