ろくな死に方しねぇから
 依澄たちの何気ない会話が耳に届いた。律輝は無言のまま菓子パンを食べ続け、時折ペットボトルの水を飲んだ。

 律輝のクラスの文化祭の出し物は、執事喫茶だった。女子の案である。男子は無理やり飲まされた形だった。依澄が面白そうだと肯定したのも飲まされた原因の一つだろう。依澄の一票はあまりに大きいが、ぐだぐだ文句を言っても仕方がない。やるとなったらやるしかないため、嫌でも腹を括った生徒は多い印象だ。前日にまで迫った今となっては楽しもうという気概すら感じられた。

 男子は全員、孤立している律輝も含めて全員、タキシードを着て接客するようになっている。そこはしっかり平等だった。接客の時間も、多すぎないように、少なすぎないように、上手い具合にシフトのようなものを組まれていた。律輝からすると、タキシードを着用することよりも接客の方が問題であった。

 愛想のない律輝に接客など無理難題だが、冷たい人物であるのは周知の事実であるため、律輝に期待している人はいないだろう。このような出し物を提案した女子も、憧れている依澄のタキシード姿を見たいだけに違いない。依澄以外の男子はおまけだ。依澄を目立たせるための装飾品だ。

 このクラスは依澄を中心に回っていると言っても過言ではない。優しく人気のある人間を演じている依澄の手のひらの上で転がされている。それに気づき、真っ先に手のひらから降りているのは恐らく律輝だけだろう。裏で人を喰い殺しているヴァンパイアが教室を支配するのは穏やかでない。

 依澄を殺す。早めにその任務を成し遂げたいが、未だタイミングを掴めずにいた。学校では無闇に手は出せない。大胆な行動は取れない。律輝は慎重派の殺し屋なのだった。冷静に落ち着いて、ゆっくりと事を進めるのは、律輝の長所でもあり短所でもあると上司から指摘されたことがある。時と場合によって、良し悪しが変わる要素であった。
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