ろくな死に方しねぇから
 依澄から距離を取り、は、と吐息を漏らす。容易には狩れない。殺せない。予想通り、依澄は手強い。一旦立て直す必要があると思考を巡らせたが、依澄は間を置かずに詰め寄ってきていた。目の色が変わっている。ヴァンパイア特有の赤眼だ。唇の隙間からは牙も覗いており、依澄の本来の姿が剥き出しになっていた。それでも、興奮して暴走しているわけではない。明確な殺意を持って、律輝の命を喰おうとしている。

 攻撃の手を緩めない依澄が、律輝の顔面へ指先を突きつけた。あまりの気迫とスピードを前に躱し切れず、刃物のような爪が頬を切る。皮膚が裂け、ぷつぷつと血液が吹き出した。依澄の口元が不敵に持ち上がる。見えた牙。見えた舌。気づいた時には胸倉を掴まれ、顔を近づけられていた。接近を防ぐように鎖骨の辺りに添えた左腕で依澄の身体を押し退けるが、依澄の引き寄せる力の方が強い。律輝は視線を巡らせる。脇腹が空いていた。ナイフを握った右手に力を込める。依澄が頬を流れる血液を舌先で舐め取る。肌に他人の舌が這う不快感に堪えながら、律輝はナイフを依澄の脇腹に刺した。制服を貫いた感触。皮膚の表面を突き破った感触。しかし、依澄の手がそれ以上の刃物の侵入を阻止した。

 互いの両手が塞がる。押されている律輝の背中が外壁にぶつかる。依澄が唇を舐めた。血液を飲み込んだ。律輝は刺さりかけているナイフを押し進めようとする。上手く力が入らない。腕には依澄の爪が食い込んでいた。歯を食い縛る。ここで引くわけにはいかない。致命傷は与えられなくとも、ダメージは与えたい。腕の肉を抉られても、何が何でも、刺す。殺す。

「蓑島の血、美味しいね。もっと、ちょうだい」

 耳元で囁かれた。胸倉を掴んでいる依澄の手が、律輝の首筋を露わにさせる。顔を埋められる。息がかかる。律輝は何も言わない。刺すことに集中していた。殺すことに集中していた。依澄を波に乗らせてはならない。依澄にペースを乱されてはならない。依澄の挑発に流されてはならない。
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