ろくな死に方しねぇから
「良かった。反応してくれた。ノーリアクションは切ないものだよ、蓑島」

 依澄はまるで変面師のように瞬時に表情を切り替え、にこりと笑みを浮かべた。パッと離した手を、敵意はないことを示すように顔の横で上げる。張り詰めていた空気が弛緩した。攻撃性が失くなったのを見て取り、律輝も手を緩め、離した。姿勢を正した依澄は、すっかり熱が冷め、静かになっているクラスメートを振り返った。

「ねぇ、みんな、これでもう、蓑島は俺を無視しなかったってことになるから、蓑島を一方的に攻撃するのはやめようよ。俺はそんなこと求めてないし、蓑島に興味がある俺まで貶されてるような気分になって、正直不快だったよ」

 遠慮のない、はきはきとした物言いだった。それでも嫌味が感じられないのは、校内で培ってきた依澄自身の言動の賜物だろう。

 不快だった、と依澄に一蹴されたクラスメートは、反論などせずに大人しく唇を引き結んだ。律輝に謝る者はいなかった。発言を撤回するつもりはないようだ。いきなり平手打ちを試みた依澄を非難するつもりもないようだ。律輝も謝罪など求めなかった。そんなものは必要ない。馴れ合いなどしたくない。

 律輝は何事もなかったように彼らから視線を外し、形だけでも律輝をフォローした依澄の背中を見つめた。無防備である。今なら不意打ちを狙えそうだが、気配や視線、空気の揺れなど、常人であれば気づかないような些細な変化を察知され、直前で躱されてしまうだろう。ヴァンパイアの五感は鋭く、身体能力も高い。特に依澄は抜きん出ている。片手間では殺せない。それ以前に、学校内で殺し合うのは好ましくなかった。関係のない人間や害のないヴァンパイアを巻き込むのは御法度である。ターゲット以外を殺してはならない。所属する殺し屋組織の最低限の規則だった。よって、今このタイミングで仕掛けることはできない。

 律輝に背を見せている依澄が自席へ戻っていく。その際、依澄は律輝を振り返り、薄気味悪い笑顔を貼り付けたまま再び手を振った。煽っているかのように余裕綽々な態度だった。
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