イケメン年下君がメロメロなのは、私って本当ですか?
「……はぁ」

会議室を出た蒼は、まだ心臓の鼓動が落ち着かないまま、額を軽く押さえた。
係長の言葉は衝撃だった。異動なんて聞いてないし、心の準備なんてもちろんできていない。
それでも――係長の態度や目つきには、どこか厳しさの裏に温かさが混じっている気がしてならなかった。

(なんだかんだ言って……俺たちを見守ってくれてるんだろうな)

そう思った矢先、係長がため息まじりに自動販売機へ向かっていくのが見えた。
そこには、缶コーヒーを取り出す真緒の姿があった。

蒼は壁際に立って、その様子をそっと観察する。
係長は、わざとらしくない自然な調子で真緒に声をかけた。
――これはハラスメントじゃないからな。お前と来栖は付き合ってるのか?

その一言に、真緒は手にした缶を落としそうになるほど驚き、慌てて否定していた。

(……真緒さんは否定するんだ)

胸の奥がちくりと痛む。
けれど同時に、その必死な反応にくすっと笑いそうにもなった。
ああ、もう。やっぱりかわいいな、この人。

係長はただ頷いて缶を受け取り、そのまま立ち去った。

――余計なことは言わない。ただ確認しただけ、という大人の距離感。

蒼は背を伸ばし、深呼吸をひとつ。

決意した瞬間、足取りは自然と軽くなっていた。
異動のことはまだ伝えられない。
だけど今は――慌てる彼女の気持ちを、少しでも近くで確かめたい。

今日の「約束」に、蒼は賭けた。
< 30 / 59 >

この作品をシェア

pagetop