イケメン年下君がメロメロなのは、私って本当ですか?
真緒は、蒼の「今日は久しぶりに早く帰れる」という一言に、迷いながらも決意していた。
彼のマンションに先に行って、夕飯をつくりながら待っていようとした。
けれど、包丁を動かしていても、胸のざわつきは消えなかった。
あの電話の声が、何度もリフレインする。

玄関の鍵がカチャリと開く音。
「たぁだぁいまぁ~!」
語尾にハートがついてるのが見えるくらい、楽しそうな声。
……なにも知らないな。こんなに無邪気な顔で。
胸がきゅっと痛んで、真緒は思わず包丁を置いた。

「ねえ、蒼……」
声が震えていた。
彼はすぐに気づいたのか、スリッパを脱ぎ捨てて真緒の方へ駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
その優しい顔に、ためらいそうになったけれど、真緒は一息に話した。
あの不思議な電話のこと。
若い女性の声で、年上の女性が彼に近づくのはどうかと思う、と言われたこと。

話しながら、自分の声が小さくなっていくのを感じた。
最後の方は、もう囁きみたいに消えていた。

「……っ」
気づくと、蒼の顔がみるみるうちに険しくなっていた。
柔らかくて、いつも子犬みたいに笑っている顔が、まるで別人のよう。
眉が寄って、唇が固く結ばれて……怒ってる。

――やばい。初めて見る、蒼の怒った顔。

背筋がぞくりとした。
彼が怒っているのは、私にじゃなくて、電話をかけてきた相手にだって分かる。
それでも、この表情を目の当たりにすると、胸がざわざわして仕方なかった。

「……ふざけんな」
低くて、今まで聞いたことのない声だった。
「真緒を不安にさせるなんて、絶対に許さない。誰がそんなこと言ったか、俺が必ず突き止める」
握りしめた拳が震えている。

真緒は思わず、彼の腕にそっと手を添えた。
「だ、大丈夫だよ……」
「大丈夫なわけない!」
蒼がこちらを振り返る。その瞳には、怒りと同時に強い決意が宿っていた。
「年上だからどうとか、そんなの全然関係ない。俺が選んだのは真緒なんだから」

胸がぎゅっと掴まれたみたいだった。
彼の怒りが、自分を守ろうとする強さに変わっているのが伝わってきて、涙が出そうになる。
「……蒼」
「安心して。俺が全部守るから」

そう言って抱き寄せられた瞬間、真緒は初めて、蒼の強さを感じた。
普段の子犬みたいな彼とは違う、頼れる大人の顔。
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