空気みたいだとあなたが仰ったので。~地味令嬢は我慢をやめることにした~
「そうしないと、君がそんなふうに口答えをして可愛くないからだろう!」
「そう。あなたの婚約者として、あなたの望む令嬢でいようと努めましたわ。でも、それも今日で終わりですわね」
婚約者なのに彼は私をエスコートすることはほぼなく、舞踏会でも別の令嬢とばかり踊り、私は隅に追いやられたままだった。
用があるときだけ「お前、そこにいたのか」と声をかけるくせに、社交の場では私をいない者のように扱った。
今日のお茶会だってそうだ。
エバンス伯爵家まで珍しく迎えには来たが、会場に着いた途端にエドワード様は一目散にいなくなった。ひとりで挨拶をして、ひと息つきに来たらこれだ。
どうやら全ては無駄な努力だったのね。
私はそっと息を吸い込み、落ち着いた声で告げた。
「お望み通り、この婚約は解消いたしましょう。父には私から話しておきます。おじ様にはエドワード様からお話しください」
「……なっ!」
エドワード様の表情が引きつる。
「ま、待て! 君がそんなに簡単に決めることじゃない! 婚約は家同士の約束だ! 君が少し行動を改めれば済むことで」
「私が改めることはもう何もございません」
私がきっぱりと言い切ると、エドワード様はさらに焦ったように手を伸ばしてきた。
先程あんなに婚約解消したいと言っていたくせに、何を言っているのかしら?
「リ、リリアナ。そんな冷たいことを言わないでくれ! 僕たちの仲じゃないか。さっきのは冗談だよ。社交辞令だってわかるだろう」
ヘラヘラとした笑顔を浮かべるエドワード様。またいつもの言い訳タイムだ。
私を蔑ろにした後、父たちに露見しないように私のことを丸め込もうとするのが常だった。
(もう我慢はいたしません)
私は微笑んだまま身体中に魔力を巡らせる。
周囲の意識を遮断し、それから空気になりたいと念じて気配を消す。
私の大切な魔法。まるで空気に溶け込むように、この場から姿を消すことが出来るのだ。私以外、家族も誰も知らない。
エドワード様の手が届く前に、私は空気のように消えた。
「……え?」
エドワード様が呆然としている。
「リ、リリアナ! どこへ行った⁉」
「どういうことですの⁉」
カミラさんも目を丸くして辺りを見回すが、私の姿を見つけることはできない。
うまくいったみたい。
私は誰にも気づかれないままその場を後にし、お茶会を抜け出した。
***
「へえ……面白いね!」
少し離れた庭園のベンチに腰掛け、興味深げにその様子を眺めていた男がいた。
柔らかな白金の髪をした男は興味深げに目を輝かせたあと、隣に立つ黒髪の男の方を振り向く。
「ねえ、セドリック。あの子、君の護衛にぴったりだと思わない?」
「……不謹慎だぞ、エリオット」
彼は苦言を呈しつつも、目はリリアナが去った方角を見据えていた。
人の波の中、誰にも気付かれずに走り去る令嬢がその男の目にだけはしっかりと捕らえられている。
――この日、誰にも知られぬまま、「空気令嬢」の運命は変わり始めた。
「そう。あなたの婚約者として、あなたの望む令嬢でいようと努めましたわ。でも、それも今日で終わりですわね」
婚約者なのに彼は私をエスコートすることはほぼなく、舞踏会でも別の令嬢とばかり踊り、私は隅に追いやられたままだった。
用があるときだけ「お前、そこにいたのか」と声をかけるくせに、社交の場では私をいない者のように扱った。
今日のお茶会だってそうだ。
エバンス伯爵家まで珍しく迎えには来たが、会場に着いた途端にエドワード様は一目散にいなくなった。ひとりで挨拶をして、ひと息つきに来たらこれだ。
どうやら全ては無駄な努力だったのね。
私はそっと息を吸い込み、落ち着いた声で告げた。
「お望み通り、この婚約は解消いたしましょう。父には私から話しておきます。おじ様にはエドワード様からお話しください」
「……なっ!」
エドワード様の表情が引きつる。
「ま、待て! 君がそんなに簡単に決めることじゃない! 婚約は家同士の約束だ! 君が少し行動を改めれば済むことで」
「私が改めることはもう何もございません」
私がきっぱりと言い切ると、エドワード様はさらに焦ったように手を伸ばしてきた。
先程あんなに婚約解消したいと言っていたくせに、何を言っているのかしら?
「リ、リリアナ。そんな冷たいことを言わないでくれ! 僕たちの仲じゃないか。さっきのは冗談だよ。社交辞令だってわかるだろう」
ヘラヘラとした笑顔を浮かべるエドワード様。またいつもの言い訳タイムだ。
私を蔑ろにした後、父たちに露見しないように私のことを丸め込もうとするのが常だった。
(もう我慢はいたしません)
私は微笑んだまま身体中に魔力を巡らせる。
周囲の意識を遮断し、それから空気になりたいと念じて気配を消す。
私の大切な魔法。まるで空気に溶け込むように、この場から姿を消すことが出来るのだ。私以外、家族も誰も知らない。
エドワード様の手が届く前に、私は空気のように消えた。
「……え?」
エドワード様が呆然としている。
「リ、リリアナ! どこへ行った⁉」
「どういうことですの⁉」
カミラさんも目を丸くして辺りを見回すが、私の姿を見つけることはできない。
うまくいったみたい。
私は誰にも気づかれないままその場を後にし、お茶会を抜け出した。
***
「へえ……面白いね!」
少し離れた庭園のベンチに腰掛け、興味深げにその様子を眺めていた男がいた。
柔らかな白金の髪をした男は興味深げに目を輝かせたあと、隣に立つ黒髪の男の方を振り向く。
「ねえ、セドリック。あの子、君の護衛にぴったりだと思わない?」
「……不謹慎だぞ、エリオット」
彼は苦言を呈しつつも、目はリリアナが去った方角を見据えていた。
人の波の中、誰にも気付かれずに走り去る令嬢がその男の目にだけはしっかりと捕らえられている。
――この日、誰にも知られぬまま、「空気令嬢」の運命は変わり始めた。