下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
「それで、アベルさんにジーナおばあちゃんがシンシア・グローリーで間違いないって言われたんだけど……」 
「そんなわけねぇよ!」

 口を挟んできたのは月星亭の店主であり、ケイトの父親のエドモンドだった。酒場の店主らしい、たくましい体格に刈り上げた赤毛。ケイトの鮮やかな赤髪は、どうやら父親譲りらしい。手には下ごしらえ中のジャガイモを握っている。腕は丸太のように太く、彼が持つと包丁も食材も子どものおもちゃのように小さく見えた。

「ケイト、お前と俺が風邪で熱出して寝込んでたとき、店の閉店札を出し忘れてたことあったろ?そんな時に限って客がわんさかやって来るんだよな。どうしたもんかって時に、夕飯食いにジーナとニコラが来て、事情を話したら呆れたジーナが料理から会計まで一人で全部やってのけたこと、覚えてるか?」
「あったあった!そんなことあったね!」
「その手際の良さって言ったらよ!死んじまったお前の母ちゃんもすげぇ手際が良かったが、あんなのお貴族様が出来るわきゃねぇよ」

 がはは、とエドモンドは豪快に笑った。

「確かにそうよね~」

 ケイトは父親の話に腕を組んで頷いた。
 ニコラのスプーンを持つ手が止まる。けれど、シンシア・グローリーのデザイン画は実際にジーナおばあちゃんの部屋にあったのだ。

「おっかねぇ婆さんだったけど、いい人だったよなぁ。いつもちゃんとしててよ」

 エドモンドがジャガイモの皮を剥きながら懐かしそうに呟いた。

「ホント。あたしなんて何回怒られた事か」
「お前のお転婆にはちょうど良かったけどなぁ」
「もう!父さんったら!」

 がはは、と笑いながらエドモンドは厨房に引っ込んだ。
 ニコラの手が止まっていることに気づいたケイトは、向かいの席へと腰を下ろした。目が合うと、ケイトはふっと穏やかに微笑む。隣で静かに食事をしていたチャリオも、そっとニコラを見つめていた。

「ホント、ジーナは良いおばあさんだったよ」

 ジーナおばあちゃんが亡くなって寂然としていた時、彼女の優しさにいつも助けられた。ケイトもまた、小さな頃に病気でお母さんを亡くしている。私もケイトみたいになれるだろうか。

「ケイト」
「うん?」
「ありがとう」

 ケイトはまた微笑んだ。
 昼食を食べ終わった頃だった。

「おーい、配達だよー!」

 近所に住む少年ティムが、ビール瓶が詰まったケースを二つ抱えて月星亭に入って来た。

「ご苦労様~って、また二つもケース持って!あんた小さいんだから一ケースずつ持ちなさいって言ってるでしょ!」
「そんなんいっぺんに運べた方が早いだろ!」
「そう言ってこの前、盛大に瓶を割ったのは誰だったかしら~?」
「もうあんな失敗しないよ!」

 ティムの頭を軽く小突いたあと、ケイトはティムが運んで来た瓶ビールを厨房に運んだ。
 昔はいたずらばかりしていたティムも、今は病気の母の看病と生活のために働いている。お金がないから学校へは行っていないが、それはこの下町では珍しいことではなかった。そんなティムをエドモンドは特に可愛がっていて、月星亭の客もあたたかく見守っていた。ケイトとティムが口争いをすると、まるで姉弟みたいだ、と常連客の間でよく笑い話になる。
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