下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
「ティム、頑張ってるのね」
「あ、ニコラ姉ちゃん」
「お母さんの具合はどう?」
「うん…、良くないよ」
「そう……。お父さんはいつ帰ってくるの?」
「まだわからない」

 ティムはそう言って俯いた。つられてニコラも視線を落とすと、ティムのズボンの膝に穴が空いているのが目に入った。ニコラは席を立ってティムの前でしゃがんだ。

「ティム」
「何?」
「今度、縫ってあげるから時間のあるときおいで」

 ニコラはティムの穴の空いた膝を人差し指でくすぐった。ティムが笑う。ニコラも微笑んだ。
 少し間があってティムが口を開いた。

「あの、さ。ニコラ姉ちゃんに、見てもらいたいものがあるんだけど……」
「今?」
「うん…。でも、ここじゃちょっと……。とってくるから広場で待ち合わせしよ」

 ニコラはチャリオを見た。

「私は構わない」

 尋ねる前に答えが返って来たので、ニコラはティムに言った。

「わかった。広場で待ってるね」



  *    *    *



 昼食を終え、ケイトに別れを告げた後、ニコラとチャリオは広場へと向かった。
 広場と言っても噴水が噴き上がるセントラル街の広場とは違い、ただ拓けて何もない場所を下町の住人が広場と呼んでいるだけだった。セントラル街にあるような花壇もここにはなく、石畳の隙間からは野草がぼうぼうと顔を見せていた。

「先ほどの少年だが」

 ずっと黙っていたチャリオが口を開いた。チャリオも少年なのにティムの事を少年と呼んでいるのがなんだかおかしい。

(貴族の子ってみんなそうなのかしら?)

「母君の調子が良くないのか?」
「うん。もともと体が強い人じゃなくて、病気がちなの」
「医師はなんて言ってるんだ?」
「お医者さん?お医者さんに診てもらうお金なんて、下町の人にはないよ」

 チャリオが傷つかないようにニコラは何でもないように明るく答えた。この子は賢い子だから、環境の違いにきっと傷ついてしまう。
 ニコラの言葉を聞いてチャリオは顔を背けた。眉間に皺が寄っている。

「父君は、何をしているんだ」
「ティムのお父さんは船乗りなの。今、航海に出てるから連絡は取れないんだ」
「そうか」

 チャリオの拳が強く握られているのが見えた。

「チャリオ」

 呼ぶと目が合った。チャリオの瞳が一瞬だけ金色に光って見える。どうしてだろう。不思議な目。

「チャリオ、下町の人はね、貴族の人たちのように裕福じゃないわ。でも、みんながみんな不幸だって思ったりしないでね。チャリオが傷つく必要なんて何もないの」

 ニコラは強く握りしめられたチャリオの拳をそっと包み込んだ。
 チャリオの瞳がまた一瞬、金色に輝く。気のせいじゃない。

「チャリオ、あなたの瞳」
「ニコラ、私は」

 ニコラとチャリオが同時に言いかけた時だった。

「おーい!お待たせ!」

 ティムが大きな包みを抱えて走って来た。

「ちょっと、こっち来て」

 ティムが広場から建物で影になった小路に入る。ニコラとチャリオはティムの後に続いた。周りに誰もいないことを確認したティムは慎重に包みを開いた。

「これなんだけど……」
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