下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
「ウルクフェド国って、北の山の向こうにある国のことだよね?」
「そうだ」
「トンネルを作ってるなんて、全然知らなかった」
「工事自体は最近始まったばかりで……ニコラはウルクフェドがどんな国か知っているか?」

 突然の問いかけに、ニコラは素直に答える。

「ううん」
「ウルクフェドは寒冷地帯で、防寒に優れた長毛や毛の密度が高い、そう言った動物の特徴を持つハルヴァが多く暮らしている国なんだ」

 ニコラは熊や狼を想像して言った。

「つまり、もふもふってこと?」

 一瞬間が空いて、チャリオは「そうだ」と苦笑した。
 初めてチャリオの笑った顔を見て、嬉しいと思ったのと同時に誰かと印象が重なる。

「ウルクフェドは人口の八割がハルヴァという世界でも珍しい国だ。山に近いところにハルヴァたちは集落を築いている。通年、寒さが厳しいウルクフェドはあまり農作物が育たず、輸出できる物と言えば動物繊維に限られていた。ウルクフェドの動物繊維は高品質で市場に出れば高く取引されていて……世界中から欲しがる声は多かったが、ウルクフェドは頑なに輸出を増やすことはしなかった」
「どうして?」

 答えるまでに少し間があった。ニコラのために、言葉を探しているようだった。

「ニコラは、ハルヴァが差別されることがあるのを知っているか?」

 ニコラは眠らされる前に、黒い外套の男がロロとマーリーに浴びせた言葉を思い出した。

『さっさと運べ。お前たちは運ぶしか能のない、役立たずの卑しいハルヴァでしかないんだからな』

 自分がハルヴァでなくとも、胸が締め付けられる言葉だった。

「この国ではあまり見かけることはないけど……そう言うことがあるのよね?」
「ああ」

 チャリオは静かに話し始めた。

「昔は……と言っても遠い昔ではない。私たちの何世代か前は、差別が原因で国同士の戦争が起こっていた。今も、国や地域によってはハルヴァへの差別が色濃く残っている土地がある。ルブゼスタン・ヴォルシス国はハルヴァに関して寛容だが、全く差別がない、と言うわけではない。……話を戻そう。ウルクフェドは特に酷い差別を受けてきた歴史がある。騙され、裏切られ、虐げの対象だった。だから戦争が終わった後も他国や他国の人間を信用しない。仲間意識が強いウルクフェドは、動物繊維を大量に輸出することはなかった。ただ、大量輸出しないおかげで価値は上がるから国の経済は十分潤っている。輸出を増やすメリットはウルクフェド側には全くないんだ。それなのに何年か前、どうやったかは知らないが、我が国のカーチス家が直接ウルクフェドとの貿易を取り付けて来た」

 カーチス家。
 繊維産業と衣類や織物の貿易で地位を築いた歴史ある貴族の名前だった。下町に住むニコラすら名前を知っているほどの、名門中の名門貴族だ。
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