下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
* * *
「世間が許すと思いますか?」
ユリシーズの提案を聞いたアベルの最初の言葉がこれだった。
夜の執務室には、呼び出されたアベルとネフィリスが並んで立っている。二人を挟むようにして、重厚な執務机の奥にはユリシーズがいた。椅子の背もたれにゆったりともたれかかりながら、足を組み、頬杖をつくようにして話していた。
ユリシーズの話の概要は『ティムの罪が明らかになっても罪を許す』というものだった。
「即位したばかりの王が、いきなり恩赦を下す。世間がどう見るか……察してください」
「他国から嫌味でも言われるか?」
アベルが肩を竦めて言った。
「ビュリジア=マルロー辺りは、すぐに『独裁の始まりだ』と騒ぎ出すでしょうね。都合のいい学者や記者を呼んで、批判記事を書かせるんじゃないですか?」
ユリシーズは鼻で笑った。
「言わせておけばいい」
「ですが」
「独裁が問題なのではない。問題なのは、誰が、何を持って、独裁するかだ。歴史を見ろ。国の始まりはいつだって独裁からだ。民の信頼を得てる独裁は批判の対象か?」
「子供みたいな理屈を……」
アベルは深いため息をついた。
こういう時、知識がある者は本当に面倒くさい。そう、従えたいときや意見が対立したとき、相手側に知識があると面倒なのだ。今がまさにその状態だった。
少し思考を巡らせてから、アベルは言った。
「……それならいっそ、犯人はティムじゃない人物にしてはどうです?噂をしている人々の中に、真実を知ってる者なんて誰もいないんですから」
「ならばお前が犯人になるか」
「なんでそうなるんですか」
「犯人に仕立て上げられる者も同じ気持ちだろうな」
「そうじゃなくて!……ああ、もう、貴方は国というものを全くわかってない!」
「国民に濡れ衣を着せるのが王のすることか?」
「そうじゃない、そうじゃなくて、ああ、もう……!」
アベルは頭を抱えた。
潔癖すぎる王は名君にはなれない。それは彼も十分わかっているはずだ。わかった上で、今回のことを『赦す』と言っている。王座に着く前からこれでは先が思いやられた。
ユリシーズは視線をネフィリスに変えて言った。
「と、言う訳だ」
「なるほどね~。……って、いやいやいや、あたしが呼ばれた理由がまっったく分かんないんだけど?」
「わからないか」
「ええ、全然、さっぱり」
とぼけた返事に、ユリシーズは静かに立ち上がった。そのまま、何も言わずにネフィリスへと歩を進める。長身の彼が近づくにつれ、ネフィリスは思わず数歩、後ずさった。
ユリシーズの指先が伸び、ネフィリスの左目の下をこする。すると、白粉が一筋剥がれ、そこから小さなホクロがあらわになった。
「……怪盗ジェド」
静かに、しかし確信をもってユリシーズは名を呼んだ。
「……あんた、気づいてたの?」
ネフィリスの顔が、ほんの一瞬だけ引きつる。
ユリシーズは何事もなかったかのように元の位置へ戻り、椅子に腰を下ろした。
そして今度は、目の奥を鋭く光らせて、正体を暴かれた彼を見据える。