下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜



 アベルとネフィリスが執務室から出ていった後、ユリシーズは父との最後の会話を思い出していた。

 いずれ王位に就く日が来ることは、幼い頃からわかっていた。
 だがそれが、こんなにも早く、父の死を代償に訪れるとは思っていなかった。
 昨年、病に伏した父は徐々に弱っていき、最後には床から起き上がることもできなくなった。命を削りながらも王政を続ける姿が、今でも脳裏に焼きついている。

 死の間際、父は初めて母のことを口にした。
 私が生まれた日に命を落とした、母。
 私は母を知らない。否、王宮の者ですら、誰一人として母の素性を知らない。
 残された肖像画はあるものの、どこの家、どこの国の者なのか謎に包まれていた。
 母のことを詳しく知ろうとするのは、禁忌に触れることと同じだった。

「私があれを愛さなければ、お前も苦しまずに済んだ。恨むなら、あれではなく、私を恨め……」
「……母との結婚を、後悔しているのですか?」
「いや……。私は、あの時、竜の姿を見た時から、この世にはこんなにも悍ましく美しいものがいるのかと……強く心を惹かれたのだ」
「…………」
「私が後悔しているのは、お前を一人、残さねばならぬこと……。最後まで力になってやれず、すまない……」

 これが父との最後の会話だった。
 父は完璧な王ではなかったかもしれない。だが、誠実で民に慕われた賢王だった。

(自分も、父のような王になれるだろうか)

 窓の外を見ると、遠くにニコラの作業部屋から小さな明かりが見えた。あの小さな光を、ずっと守りたいと思う。

 ────たとえ父と同じではなくても、違う道を歩んでも。私は、私の目指す王になる。
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