下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
* * *
【戴冠式まで、あと15日】
ルブゼスタン・ヴォルシス国中の貴族宛に怪盗ジェドから予告状が続々と届いた。
その文面に記された標的は、金銀財宝、美術的価値のある品々、そして
────戴冠式のマント。
瞬く間に、国中は怪盗ジェドの話題で持ちきりとなった。下町の少年ティムが盗んだという説は、すぐさま怪盗ジェドの話題に塗り替えられた。
実際にジェドは、次々と貴族邸に潜入し、予告された品々を鮮やかに奪っていった。
最後に残ったのは戴冠式のマント。ところが、待てど暮らせど、それだけは盗まれない。
「さすがは王宮の警備!」
「あのジェドをもってしても不可能だったか!」
人々はそう噂した。だが、それこそがアベルによる脚本だった。
王宮の警備は見せかけのパフォーマンス。怪盗ジェドは、最初から王宮にすら入っていなかった。当初の脚本では、王宮でジェドが華々しく逮捕される予定だったが、本人と散々揉めた末、その筋書きはお蔵入りに。国民の熱狂は最高潮に達していた。
怪盗ジェドが世間を賑わせていた頃。
ティムの母親は一時は危篤かと心配されたが、ティムと、近所の人々の献身的な看病の甲斐あり、回復しつつあった。
ティムも再び、配達の仕事に戻っていた。
ある朝、月星亭に牛乳を届けた帰り、店先から出てきたティムを、一人の少年が待っていた。
「おはよう」
「あ、この前、ニコラ姉ちゃんといた……」
「君が盗んだもののことだけど」
唐突な一言に、ティムの顔色が変わる。
「元の持ち主に戻ったよ。貴族の物だったけど、本人は全然気にしてないみたいだった」
「ほ、ほんとか!?」
「ああ。だから、気にしなくていい」
そう言われても、ティムの表情は晴れない。
「でも、盗んだのは本当だから………」
少年はティムに語りかけるように言った。
「ティム、その気持ちを忘れなければ、君は大丈夫だ」
「大丈夫って」
出会って間もない、同いくらいの年の少年にそう言われたのが可笑しくて、ティムは笑いがこみ上げた。
「ところで、母君は元気になった?」
「母君?あ、母ちゃんのこと?元気になった!みんなのおかげだよ!お前もありがとうな!」
「もしまた母君の体調が悪くなったら、ここに行って、この番号を伝えるといい」
そう言って少年は、一枚の紙をティムに手渡した。そこには、ティムにもわかるように描かれた地図と、いくつかの数字が書かれていた。
「これは大切な紙だ。絶対に失くさないように」
「え?ちょっと待てよ!」
引き留める間もなく、少年は背を向けて走り出した。
(あいつの名前、なんて言ったっけ)
ニコラ姉ちゃんが呼んでいたような気がするけど、思い出せない。
次、いつ会えるかもわからないのに。ちゃんと聞いておけばよかった。だって
(友達になれると思ったんだ)
ティムは紙を手に、その場でしばらく立ち尽くしていた。
紙に書かれていたのは、とある銀行の地図と口座番号。
その口座には、多額の金額が振り込まれていた。
ティムがそれを母の治療費に使うのは、それから数年後の話。