下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜

第六章

【戴冠式まで、あと12日】

「手直しをすると聞きましたが」
「わっ!」

 ニコラが振り返ると、アベルが立っていた。彼はいつも夜になると、進行状況を確認しに来る。その姿を見て、ニコラはようやく今が夜だと気づいた。

「祝賀会の衣装を手直しするそうですね?」
「あ、その、はい……」

 ニコラはアベルに報告するのをすっかり忘れていた。普段は一人で黙々と作業しているせいか、誰かに状況を共有するということに慣れていない。次はちゃんと連絡しよう、と思った。

「あ、あの……ちゃんと間に合うように頑張るので、その……」
「頑張っても、間に合わなければ意味がありませんからね」
「は、はい!」

 本当は間に合うかどうかギリギリのところだった。そればかりか、戴冠式のマントはまだ一切手がついていない。同時進行でやっても良いのだが、戴冠式のマントの刺繍は、数十年後、百年後も王室の誇りとして残るものになる。ハンカチにイニシャルを刺繍するのとは訳が違う。そう簡単には済ませれない。

「そう言えば、オリビアから聞いたのですが」

 アベルは意味深に言葉を区切る。ニコラは内心ぎくりとした。

「昨日、テーブルクロスが全て完成したようです」
「ホントですか!?良かったぁ!」

 嬉しいのは本心。だが同時に後ろめたい気持ちがニコラに冷や汗をかかせた。

「当初の予定では、終わるのは一週間以上先だとオリビアと話していたのですが……不思議ですね」
「ふ、不思議ですね!」
「誰かさんが助っ人に入らないと昨日で終わらない量だと思ったのですが」
「ふ、不思議なことがあるもんですね!」

(バレてる、これ、絶対バレてる……!)

 ────それは三日前のこと。

 作業に追われて部屋に籠もりきりのニコラは、毎日、食事を部屋まで届けてもらっていた。その日たまたま運んできたのは、以前にテーブルクロスを一緒に縫ったメイドだった。互いにひと息つきながら、自然と作業の話になった。メイドの浮かばない表情を見たニコラは、思わず声をかけていた。

「この部屋に、生地を持ってこれる?」

 メイドは人目を避けてテーブルクロスの材料を運び込んだ。ニコラはひたすらクロスやナプキンへと縫い上げていった。そして翌朝、メイドにこっそりと引き取りに来てもらう……そんなやり取りを重ね、ニコラ一人で三人分以上の作業量をこなしたのだった。
 当然、オリビアやアベルが気づかないはずがない。あの二人のことだ。きっと、すぐに見抜いたに違いない。

「……まあ、いいでしょう」

 ニコラが最後まで白を切ろうとする姿勢を見て、アベルはそれ以上追及しなかった。ニコラは胸を撫で下ろす。バレて怒られるのはニコラではなく、終わるかどうかすらわからない中、それでも諦めないで頑張っていたメイド達なのだ。
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