下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
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ライアンがシャルロットに訪れたあと、すぐにライアンと共に馬車で王宮へに向かった。手ぶらで行くのは気が引けたので、愛用している裁縫道具が入った、持ち手がついた小型の木箱を持って来た。
シャルロットから王宮までの道中、初めての王宮に緊張していたニコラだったが、ライアンとの会話のおかげで少しだけ緊張が紛れた。お目当てのシンシア・グローリーに会えず落胆していたライアンだったが、とりあえずニコラを連れて行けることで安堵したのか、彼は「堅苦しいの苦手でさ、ニコラちゃんって呼んでもいい?」と、大分打ち解けていた。
まさか自分が人生の中で王宮に足を踏み入れる日が来るとは夢にも思ってなかった。下町からほとんど出たことがないニコラにとって、王宮までの道のりも特別だった。馬車から見たセントラル街には異国の人やハルヴァがいて、着ている服も様々だった。馬車に乗っている間、
あの服はどうやって作るんだろう?
あの色の染色の原料はなんだろう?
と、服のことで頭をいっぱいにしていたら、肝心の仕事の内容をライアンに確認するのをすっかり忘れてしまった。
王宮に到着して通されたのは、真っ白な石が隙間なく敷き詰められた床に、光沢感のある金色のフリンジで縁取られた深い青の絨毯がまっすぐに伸びる、長方形の広間。天井へと伸びる柱には、細やかで優美な装飾が施されている。その奥、正面の壁には、絨毯と同じ深い青の布地に金糸で縁取りが施された巨大なタペストリーが掛けられていた。
金と深い青はルブゼスタン・ヴォルシス国の国色である。
この広間に通された直後、ライアンに「それじゃ、ニコラちゃんはここで待ってて」と軽く言われ、あっさりとその場を離れられてしまったニコラは、荘厳な雰囲気に飲まれそうになりながら、心細く立ち尽くしていた。
「貴方、そこで何やってるの!」
背後から不意に声をかけられ、ニコラは驚いて振り返った。そこに立っていたのは、どこか冷たい印象の美しい女性だった。長い髪をきっちりと一つにまとめ、紺地のワンピースはシワや埃ひとつなく、白地に同色の刺繍が施されたエプロンを身につけている。飾り気は控えめながら、洗練された雰囲気だ。その装いからして、王宮付きのメイドなのだろうとニコラは察した。
「見かけない顔だけど新人かしら?」
「あ、あの、私は……」
「募集で来たなら知ってるわね?戴冠式の準備で王宮は忙しいの。新人だからと言ってのんびりしている暇は全くないのよ。貴方、裁縫は?」
「え?」
「裁縫は出来るの?」
多分、それは今のところ一番得意なものだ。
ニコラは即答した。
「はい」
「それじゃ、ついて来て」
女性は颯爽と歩き出し、ニコラは慌てて後を追った。彼女の歩くスピードについていけないニコラは自然と小走りになる。