下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜


  *    *    *



 ルブゼスタン・ヴォルシス王宮に集ったのは、各国からの使節や大使、王族、名門の貴族たち。祝宴の広間には無数のシャンデリアが天井から煌めきを放っていた。
 新王の戴冠を祝う挨拶が次々と交わされ、グラスを掲げる音と笑い声が絶え間なく続いた。ユリシーズは落ち着いた面持ちで一つ一つに応じ、その威厳と静けさをたたえた姿は、まさに王の名にふさわしかった。

 そんな祝賀会の最中、ライアンは、各国の貴族たちと和やかな雰囲気で挨拶を交わしていた。彼の明るい性格と人懐っこい笑顔は、格式張った場でもどこか空気を和らげる。社交は彼の数少ない取り柄だった。
 一方、メイド長のオリビアは会場を静かに歩きながら、給仕の動き、装飾のバランス、食器の並びに至るまで細やかに目を配っていた。部下のメイドたちと必要最低限の言葉を交わし、皿の取り違えやワインのこぼれなど、小さなミスにも即座に対処する。
 祝宴の主役は王であるが、その舞台を支える者たちも自らの役目に全力で徹していた。

 新王への挨拶も一段落し、宮廷演奏家たちによる音楽が流れ始めた頃……ユリシーズは一人、バルコニーへと出ていた。

 満天の夜空。
 グラスを交わす音と談笑、音楽が少し遠ざかって聞こえる。
 庭園の夜咲きの花が瑞々しい香りを漂わせていた。
 夜風が静かに髪を揺らす。

(本当に、いろんなことがあった)

 ユリシーズは目を閉じ、静かに記憶を辿る。

 父王の崩御。
 盗まれた戴冠式のマント、下町の住民たちとの出会い。
 行方不明の双子のハルヴァ、怪盗ジェドの活躍。

 ────そして、様々な事件に巻き込まれ翻弄されながらも、小さな体で職人の誇りを貫いた、お針子の少女の存在。

 彼女は、竜の姿を目にしても恐れなかった。
 目を逸らすことなく、真っ直ぐ見つめてくれた。

 そんなことを思っていると、不意に背後から声がかけられた。

「もう、びっくりさせないでください。まさかこのドレス、作ると思ってませんでした」

 聞き覚えのある声に振り返ったユリシーズだったが、女性の姿に一瞬、言葉を失った。
 見覚えのないはずのその人は、確かに覚えのある声と雰囲気だったからだ。

「……ニコラ、か?」
「? はい」
「……びっくりさせたのはお互い様だ」
「え?」
「いや」
「このドレスの縫製、すごく綺麗で感動しました。私、あの時はただ思いつきで描いただけで、かなり無理な裁断もあったはずなのに……こんなに素敵に仕上げてくれて、作ってくれた人、尊敬します!」

 ドレスの縫製について目を輝かせながら話す彼女は、まぎれもなくいつものニコラだった。
 その無邪気さに、ユリシーズはようやく息を吐き、静かに心を落ち着かせた。

「でも、ユリシーズ殿下。どうして私を祝賀会に?」
「ああ、それは、ニコラが王宮の料理が好きだと言っていたから。……祝賀会の時は仕事は終わっているはずだし、ゆっくり好きなものを食べてもらおうと」
「ええ?いいんですか!?」

 嬉しそうなニコラを見て、ユリシーズも嬉しくなった。

「そう言えばアベルさんは?」
「アベル?」
「私を起こしに来てくれて、すぐに仕事に戻ったので、てっきりユリシーズ殿下のお傍にいるんだと思ってました」
「ああ、アベルは……あそこだ。あそこにいる」
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