下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜



     *   *   *



「それで、貴方が連れてきたシンシア・グローリーの代わりは何処にいるんですか?」

 先ほどまでニコラがいた広間に、ライアンに呼ばれて来た銀色の細いフレームの眼鏡の青年はライアンを一瞥した。その眼差しは冷たい。
 どうして彼はこうも命令したことを何一つこなせないのだろう。言われた通りにやればいいことも出来た試しがない。いつも何故か斜め上の方向に物事が進む。怒りを通り越して呆れてしまう。

「ちょ、ちょっと待って、怒るの待って、アベル」
「怒っていません。呆れているんです」
「それはそれで傷つく!ほんとに連れて来たんだって!」

 アベルは辺りを見回した。

「いないじゃないですか」
「う」

 アベルは大きなため息をついた後、堰を切ったように捲し立てた。

「本当に、どうして貴方はいつもいつも!シンシア・グローリーは見つけれない、シンシア・グローリーがいないから代わりにつれてきた下町のお針子もいない。これは一体どういうことですか!」
「ああ!ほら!やっぱり怒った!!」
「怒りたくもなります!!!!」
「アベル様」

 アベルの説教が本格的に始まろうとしたその時、オリビアが現れた。瞬時にアベルは王子補佐官の顔に戻る。

「オリビア、どうかしましたか?」
「先ほど見慣れない新人のメイドに会いました。今回、募集したメイドの面接は全て私を通す約束だったと思っていましたが」

 淡々とした口調で話すオリビアだったが、要は苦情を言いに来たようだ。

「新人、ですか?今回募集は定員に達したので先週締め切りましたが?」
「え……?それでは彼女は?」
「オリビア様!」

 息を切らせて一人のメイドがオリビアに駆け寄って来た。テーブルクロスを縫う作業部屋にいたメイドだ。先ほどあと一時間作業を続けるように伝えたばかりだったのでオリビアは訝しげに見た。

「オリビア様……すごいです!すごいんです!!先ほどオリビア様がつれてきた子、ものすごい速さでテーブルクロスとナプキンを縫い上げてるんです!もう絶対間に合わないと思ってたのに……この速さなら戴冠式までに仕上げれそうです!」

 嬉々として話すメイドにオリビアとアベルは顔を見合わせた。
 生地で埋め尽くされた作業部屋を思い出して、まさかそんなわけは、と思う。
 しかしライアンは顔を輝かせて言った。

「ニコラちゃんだ!」
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