前世の趣味のままにBL小説を書いたら、サイン会に来た護衛騎士様の婚約者になりました

黒騎士は度胸、腐女子は愛嬌

 初手からどっぷり疲労させられ、二矢目で射抜かれ、満身創痍のままに移動した自身の狩場でも罠にハマり、再起不能になった私は庶民デートの恐ろしさを十分に知ることとなった。

 ノックアウト状態で遅めの昼食を済ませ(本当は「あ〜ん」ごっこがしたかったけど、私のライフはゼロだった……)、この日想定していた予定がすべて終わってしまった。

「まだ時間はあるが、もう帰るか」

 何やら疲れ果てた私を見かねたのか、ジェスト様がそう提案してくれ、素直に頷こうとしたとき。ふと思いついたことがあった。

「そういえばジェスト様が行きたいお店はないんですか?」

 前回のドレス注文のときも今日も、私の希望ばかりにつき合わせてしまいなんだか申し訳ない。

「俺か? 特にないぞ。普段も鍛冶屋や武具屋を冷やかすくらいしかしないからな」
「鍛冶屋と武具屋ですか! ぜひ行ってみたいです」
「貴族の令嬢が行ってもとくに面白い場所じゃないだろう」
「わからないですよ。それにヒロインちゃんがダダン殿下に何かプレゼントするっていうシチュエーションのヒントになるかもしれないですし」
「まったく……本当にブレないな」
「へへへ、ありがとうございます」

 こうして私たちはジェスト様が行きつけの武具屋に足を運ぶことになった。





「ジェスト様、これはリストバンドですか?」
「あぁ、籠手(こて)のことか。まぁそうだな。鉄製と革製があるぞ」
「へぇ。おおぉっ! これはまた立派な盾ですねぇ」
「これでも小型な方だ。この上に家紋のデザインを特注で彫金してもらうんだ」
「ジェスト様もクインザート家の家紋の盾をお持ちなんですか?」
「いや、そもそも盾なぞ、本当の戦のときにしか使わん。実家に帰れば壁に飾ってあるがな」
「確かに、普段から剣しか持ち歩いてませんものね」

 そんな彼も今日は庶民扮装のためか、腰にいつもの剣はない。ほかにも興味深くあれこれ質問していたら、隣でふっと声が漏れた。

「本当におまえは、こんなところでも面白がるんだな」
「だって面白いですもの! 普通の貴族令嬢をしていたらこんなお店入ることも難しいですからね。今日はジェスト様が一緒でよかったです」

 意気揚々と返せば、ジェスト様が片手で顔を覆ってしまった。赤く染まった耳に「え、今のどこに怒るポイントがあったの!?」と不安になる。

 かくなる上はもうモノでごまかすしかないとばかりに、適当な方向を指差した。

「ジェスト様! 今日のお詫びに何かプレゼントさせてください! ほら、あれなんかどうですかね?」
「……おまえ、本気で言ってるのか」

 苦虫を噛み潰したような声にひえぇっと(ひる)みながら、自分の指先を見てみれば———羽飾りのついたリオのカーニバルみたいなド派手な帽子があった。え、ここ武具屋ですよね。なんでそんなモノが展示してあるの?

「イヤ、ソノ、イガイトオニアイジャナイカト……」
「おまえが俺のことをどう見ているのかよくわかった」

 なんとかごまかせないかと頑張ってみたものの、マイナスツンドラ気候の台詞を浴びてとうとう撃沈することになった私。うぅっ、誰か私のためにザオ○クを唱えてください……。

「あの帽子は絶対ないとして、別に、礼など気にすることない」

 これだけイケメンなんだからなんだって着こなせそうだけど……帽子、絶対ないのかと少しだけ残念に思いつつ。お詫びと言った私の台詞は無事お礼と書き換えられているようで安心した。

「でも、ジェスト様には高価なドレスを買っていただきました。今日だって全部支払ってもらったのに」

 ちなみに”肥溜めの歴史”の本は買ってない。

「ドレスは必要経費だと言っただろう。今日も取材なら、それだって経費扱いだ」
「嘘です。私知ってますもん。ドレス代はアレン殿下の予算じゃなくてジェスト様が個人的に用立ててくださったって、カトリーナ様に聞きました」
「それは……まぁ、仮とはいえ婚約者だしな。ハミルトン伯爵に対しても示しがつかない」
「仮でも、です。むしろ仮なのにそこまでしていただけるなんて、ありがたくって。特に思いつくものがないなら、私が勝手に決めて勝手にプレゼントしますから。あ、店員さん、すみませーん! 騎士様にするちょっとしたプレゼントでお勧めのものはありますか?」

 私の呼びかけに店員さんはいそいそと近づいてきてくれた。

「騎士様へのプレゼントですか? それなら手袋はどうでしょう。職務中だけでなく剣の練習中にも欠かせないお品ですし、消耗品ですからいくらあっても困りませんよ」

 そう説明されて隣を見上げれば、ジェスト様はしぶしぶ頷いた。

「確かに、手袋はありがたい」
「じゃあそれでお願いします。サイズってありますかね?」
「もちろんでございます。こちらの騎士様はずいぶん大きくていらっしゃるのでXLサイズでいいかと。素材はいかがいたしましょう。綿、シルク、本革など一通りありますよ」
「一番丈夫なものでお願いします!」

 売り込み上手な店員さんのおかげでパタパタと注文がまとまった。この後に及んでまだ自分で支払おうとするジェスト様を押し留めて私が精算する。いやぁ、自分で支払うのってけっこう気持ちがいい。この爽快感を知れば職業婦人を目指す人も、もっと増えるんじゃないだろうか。

 包んだ品物を準備しながら、店員さんがジェスト様に向かって満面の笑みを浮かべた。

「こんなにかわいらしい恋人からのプレゼントですから、どうか大事になさってくださいね」
「な……っ、恋っ!」
「あ、お直しもいつでも承りますので!」
「いや、恋人などでは……っ」
「そうだ、次回使える割引クーポンも入れておきますね! またお二人でいらしてください!」

 流れるような接客の波に飲まれて怒る隙も見出せなかったのか、口をぱくぱくさせるジェスト様の背を押して、私は店を出た。

「グレース嬢、このようなことを気にする必要はなかったのだが……」
「いえいえ。これは正当なお礼ですから」
「……わかった。ありがたく使わせてもらう」

 ふっと綻ぶジェスト様の表情に、またしてもトクン、と胸が高鳴る。彼のこんな表情が見られるとわかれば、きっと手袋以上の大枚を(はた)きたがるご令嬢が後を絶たないに違いない。メリンダ様なんて山のような貢物を用意しそうだ。

 だいぶ時間も迫ってきていたので私たちは帰路につくことにした。商店街の中を抜けながらエイムズ家のお屋敷を目指す。

 人混みを避けながら歩いていると、不意に「そこのかわいらしいお嬢ちゃん!」と呼び声があった。

「よかったら見ていっとくれよ! うちの娘が作った自慢の品だよ!」

 恰幅のいいおばさんの店先には色とりどりのレースや刺繍編みの作品が並べてあった。

「へぇ、お嬢さん、器用な方なんですね」
「だろう? 今は自分の結婚式に向けたベールを自分で編んでいるところなんだよ」
「うわぁ、結婚なさるんですね、おめでとうございます」
「ありがとうよ! どうだね、ご祝儀がわりにひとつ買ってやってくれないかい? 娘の作品は糸の()り具合が特殊でね、普通のレースや刺繍よりも丈夫なんだ。ほら、私のこのリボンだって、もう3年も使ってるのに、全然ほころびてないだろう? 普通のリボンと見せかけて、全面に刺繍を入れて補強してるんだよ」

 そう言っておばさんは顔を横に向けて、ひとつにまとめた髪のリボンを見せてくれた。深い紺色のリボンに、よく見ればたくさんの模様が編み込まれている。張り感のある素材に刺繍の効果なのか、ぴん、と張っているリボンはおばさんのごわついた髪を綺麗にまとめた上にしっかり形を保っていた。

「おしゃれなリボンですね」
「気にいってくれたならこっちにたくさんあるよ。ほら、色男のお兄さん、かわいい彼女のためなら財布の紐なんざ気にしてる場合じゃないよ。しっかり捕まえておくためにリボンで縛っちまいな」

 がははと豪快に笑うおばさんの威勢の良さに、ここまで突き抜ければ冗談だとこちらも笑い飛ばせてしまう。

「あははっ! おばさん、面白いこと言いますね!」

 間違っても「縛るのもアリか……」と別の扉を開きかけたことはおくびにも出さず、ぱちぱちと瞳を瞬かせてごまかせば。

「なるほど。確かに、あちこちフラフラ突っ込んでいかないよう、縛っておいた方がいいかもな」

 低い声が耳元に降りてきて、思わず「ふぇ!?」と声を漏らしてしまった。

「おや、お嬢ちゃんの方が浮気者なのかい? これだけの色男が傍にいるってのになかなかやるね。お兄さんも気が休まらないねぇ」
「まったくだ」
「違……っ!」

 ちょっと待て。なぜ私が浮気者のレッテルを貼られているのだ。完全に濡れ衣だろう。こちとら前世も合わせて34年、ひたすらぼっちの干物ガールだ。いやでも今は婚約者持ちか。でもそれだってカッコ仮だ。

「それじゃぁなおさらリボンは必須だ。色男のお兄さんがあまりにかわいそうだから負けとくよ。どれにする?」
「そうだな、あれなんかどうだ?」

 ジェスト様が指差した先は露天の隅っこ。黒い幅広のリボンに目がチカチカするようなぶっとい金糸銀子で、骸骨やら十字架やらがド派手に刺繍されているものだった。

「え? これがいいのかい? これは昔、金持ちのボンボンが小遣い(はた)いて特注したんだけど、後から両親が止めに入って、料金だけ受け取って品物はいらないって返品された不良在庫だよ。まぁ、気に入ったんなら止めないけど。こっちもありがたいし」
「彼女の趣味は特殊なんだ」
「全っ然! 特殊じゃないです!!」

 くそぅ、絶対さっきのリオのカーニバルもどき帽子のことを根に持っているに決まっている。揶揄われていることがわかってふいっと顔を背ければ、目の前にさっと何本かのリボンが差し出された。

「それで、どうする? このまま俺に任せていたら、あの骸骨のリボンを買うはめになるぞ」
「嫌です」
「ならこの辺から選べ」

 言われて目の前のそれらをよくよく見れば、純白や薄桃色の糸で繊細に編まれたレースのリボンだった。

「ジェスト様……」
「どうした? 骸骨に未練があるのか?」

 なおも揶揄うようにニヤリと笑う彼に、私も仕方なく諦めた。

「せっかく私がプレゼントできたと思ったのに」
「手袋はありがたく頂戴したぞ。だからこれはその礼だ」
「してもらってばかりです」
「かまわん。素直に受け取っておけ」

 またしても乙女の心を打ち抜く台詞に、胸がコトリと動く。それを無理矢理に沈めて、私はリボンを受け取った。うん、このレースリボンはかわいい。でも私の髪はなかなかの癖っ毛だから、どうせならおばさんがつけているような張り感がある大きめのものが欲しい。

 きょろきょろと辺りを物色していたら似たリボンを見つけた。色は深いグリーンと臙脂色。ベルベット素材の幅広のリボンで、同色の刺繍が丁寧に施されている。よく見ればグリーンの方は蔦模様で、臙脂の方は薔薇模様だ。

「それが気に入ったのかい? グリーンならお嬢ちゃんの瞳の色ともぴったりだね。今日のワンピースの襟の模様とも合うんじゃないかい?」

 オリーブグリーンの瞳と同系色。加えて襟元の刺繍も奇しくも一緒。何やら運命的な出会いだ。

 けれど。

「こっちの赤い方にします」

 グリーンを置いて、臙脂色のそれを差し出した。私の緑の目に赤系統は似合わないとわかっていたけど、これは真っ赤ではなく深みのある臙脂だから、そこまで外してないはずだ。

(それに赤は、ジェスト様の色だし……)

 口にこそ出さなかったが、彼の瞳と見比べているのがわかったのだろう。おばさんは見事なサムズアップを見せてくれた。

「なんだい、縛り付けなくても大丈夫じゃないか」

 言いながら、「このままつけていくかい?」と問われたので、お願いすることにした。おばさんは下ろしていた私の髪を丁寧に(くしけず)って、リボンを結んでくれた。

「はい、よくお似合いだよ。こうしてひとつにまとめればいいアクセントになるね」

 笑顔で手鏡を渡される。確かに、大ぶりのリボンの端だけが首の辺りからちらちらと見えて、埋没要素満載の亜麻色の髪と薄いオリーブグリーンの瞳までがぱっと華やかになった気がした。目立つように全面にあしらえば喧嘩してしまいそうな色味も、こうしてチラ見せくらいならうまく溶け込むようだ。

「ジェスト様、ありがとうございます!」

 再び歩き出しながら、支払いを済ませてくれた彼に礼を言った。

「婚約者に贈ったものがドレス一着に万年筆だけだなんて、甲斐性がなさすぎるからな。もっとねだってくれてもいいくらいだが、おまえはあまりに規格外すぎるから、素直には受け取らんだろう」
「失礼な。私だって本当に好きな人が相手だったら、あれもこれもねだりまくります」

 メリンダ様のように扇を閃かせながら「おーほっほっほっほ、私に跪きなさい!」っていうのは、腐女子であるなしに関わらず一度は憧れるシチュエーションだ。

 でも、偽の婚約者であるジェスト様にそんなことはさせられない。

「…………そうなのか?」
「そうですよ。あ、お屋敷が見えてきましたね。この格好だから行きと同じ、裏口から入った方がいいですよね。ジェスト様、今日は本当にありがとうございました。おかげさまでモリモリ続きが書けそうです」
「あ、あぁ……」
「では、アレン殿下によろしくお伝えください」

 ぺこりと彼に向かってお辞儀をする。纏まった髪とリボンを揺らしながら、私はエイムズ家の裏口の門を潜った。



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